『KanonSS』


 雪はどこまでも白く 前編







 
夢。




 夢を見ている。




 そう、これは……







 
〜 雪はどこまでも白く 〜





「夢……」
 ふと、空を見上げながら相沢祐一は嘆息した。
 空からはゆらゆらと白い雪が降ってきており、落ちてきたそれは見上げた祐一の顔に触れるたびに解けて消えてゆく。
 祐一はそれを気にする風もなく、親の敵とでも言うように空を睨み続ける。
 ホワイトクリスマス。今日は12月24日である。
 雪降る街には家族連れやカップルがひしめき、キリスト教でもないのに今日という日を祝っているようである。雪国であるこの街でも、クリスマスに雪が降ると言うのは何故か心が弾むもののようだ。
「そう、これは夢に違いない」
 祐一は上を向いていた視線を元に戻した。
 体温で解けた雪が水滴となり下に落ちる。その跡がさながら涙の軌跡のようにも見えた。それほどまでに祐一の表情は沈んでいる。

「祐一〜! ちゃんとそこで見ててよ。わたし絶対勝つからね!」

 戻した視線の先にはやたらと気合いの入っている祐一の従姉妹、水瀬名雪が手を振っていた。
「あらあら、頑張ってね、名雪」
「うぐぅ。祐一君、ボク頑張るよ!」
 その隣には祐一の叔母こと水瀬秋子がいつものように頬に手をあて微笑んでおり、現在水瀬家の居候である月宮あゆも意気込んでいた。
 場所は学校の校庭。辺り一面には純白の雪が隅から隅まで積っている。
「あのー、もう一度だけ聞きたいのですが……」
 祐一がうんざりした表情で名雪に問い掛けた。
「なあに? 祐一」
「お前、分かっていってるだろ? これは、どういうことだ」
 名雪は「何でそんな分かりきった事を」という顔をして、答えた。
「だって、祐一は賞品なんだもん」
 祐一はジト目で名雪を睨んだ。『椅子に縛られた』手首と足首が微妙に痛む。
「だからと言ってなんで……」
「だってそうでもしないと祐一逃げちゃうでしょ。何か変かな?」
「いや、もういい……」
 祐一は滝のような涙を流しながらうなだれた。
「えぅ〜、雪合戦なら負けません。命をかけて戦います!」
「気持ちは分かるけど、命はかけない方が良いと思うわ」
 そこから数メートル離れた場所では美坂姉妹がいた。冬だというのに背景には炎がめらめらと燃えている。
「あぅ〜、祐一見てなさいよ! あたしが絶対勝つんだから!」
「真琴、今度ばかりは私も譲れませんよ」
 さらにその近くには沢渡真琴、天野美汐の両名。
「雪合戦……嫌いじゃない」
「あははーっ。佐祐理も負けませんよー」
 ……勢揃いであった。




 そもそも何故こんな事になったのかと言うと、去る12月上旬の日曜日、水瀬家におけるこの会話が発端であった。
「ねぇ祐一、クリスマスイブってどうするの?」
「ギクッ……さぁ、どうするのかな、ハハハハハハ」
「もしかして、もう他に予定があるの?」
「いや、みんなに誘われて断りきれなくてブッキングしまくってるなんて事実は断じてないぞ」
「ゆういち……」
「……」
 かくして後日、聖なる夜における相沢祐一の所有権を決めるための緊急会談がもうけられたのである。
 そしてその結果は、

『第一回、相沢祐一争奪、大雪合戦大会』

 祐一が座っている椅子の背中につけられている、プラカードが物語っていた……




「では、確認のために僭越ながら私、水瀬秋子がルールの説明をさせていただきます」
 今、参加選手達は一同に集まっていた。何故かサンタクロースの衣装を身に纏った秋子が中心にルール説明を始める。
 祐一はむしろ秋子の衣装に見とれながら、その説明をなんとなく聞いていた。
「まず皆さんには先ほど配った帽子をみてください。その頭のてっぺんには紙風船がついていますが、それが皆さんのターゲットだと思ってください。その紙風船が割れた時点で失格となります。雪をぶつけて割ってください。それ以外のもので割った場合には、両者失格となります。 行動範囲はこの学校敷地内です。ただし、校舎内は含めません。敷地から出たり、校舎の中に隠れた場合は失格となります。あと、これも大切な事なのですが、流れ弾などが祐一さんに当たった場合、その球を投げた人は無条件で失格となりますので注意してください」
 ルールの説明が続く中、話を聞いている8人は既に紙風船帽子を装着しており、互いに牽制の視線を送っていた。妙な緊張感が辺りを包んでいく。
「なお、今述べたルールを違反しなければ基本的に自由に行動してもらって構いません。数が少なくなるまで誰かとペア組んで戦っても良いです。もちろん、誰かと組んだと見せかけて裏切る、というのもルール違反にはなりませんので気を付けてくださいね」
 祐一にとって、笑顔のままそんな事を言う秋子の顔が何故か恐かった。
「では、そろそろ始めますので皆さん好きな場所に散ってください。はじまりの合図はこの笛を鳴らした時ですので……」
「ちょおぉぉぉぉぉぉぉっっっっと待ったああぁぁぁぁ!!!!」
 その時高らかに何者かの声が響き渡った。
「うぐぅ!」
「な、なんなんですか!?」
「ま、まさかこの声は……!」
 皆で辺りをキョロキョロと見渡すが声の主は見当たらない。
 そして、謎の声は笑い声に変わった。
「ふっふっふっふっふ!」

 ゴボォア!

「ちょおっと待ってくれないかな、皆さん。こんな楽しそうなイベントに俺が参加しないのはおかしいんじゃないのかな?」
「だお!! き、北川君!!!」
 突如現れた声の主は北川だった。
 固まっている皆をよそに、北川は集まりの中へゆったりと歩いてくると、優雅に挨拶をする。
「皆さんのアイドル、北川潤です、どうぞよろしく」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
 硬直から抜け出した香里が問い詰める。
「どうした、美坂?」
「どうしたじゃないわよ! あんた今一体どこから……」

「雪の中」

「そ、そんなさらっと……」
「北川君凄いんだおー」
「あぅー、もしかして忍者?」
「馬鹿は何でもありなのですね……」
「あははーっ」
 反応はそれぞれであった。
「で、何のために待ったをかけたのかしら?」
「おう! 皆して俺をのけ者にしてずるいじゃないか。俺も参加させてもらいたい」
「え゛!? もしかして北川君ホモ……」
「ちがーう! もちろん俺が買った場合の賞品は別のものだ」
「別のものって、何よ」
「ふっふっふ。この中の誰かを指名させてもらって、今夜一緒に過ごしてもらう!」
「いいわよ」
 香里が即答した。
「へ? いいのか?」
 自分が言ったはずなのに当の北川が驚いている。
「いいって言ってるじゃない。ねぇ、みんな」
 香里が振り返って皆に聞いた。
「うん、私は別に構わないよ」
「お姉ちゃんがそう言うなら私も構いません」
「かまわないわよぅ」
「いいですよ」
「……構わない」
「あははーっ」
 香里が北川の方へ向き直る。
「ね、みんなもそう言ってるし、構わないわ」
「よ、よっしゃー!! やってやるぞー!!!」
 あまりの嬉しさにコサックダンスをやりだす北川。
「はいはい、話がまとまった所で皆さん、始めますよ」
 秋子の声を合図に、選手一同は校庭に散らばっていった。


 ピィィィィィィィ――――!!


 そして……戦いののろしは上がった。








「ふっふっふ、これで俺が勝てば美坂と……」
 北川は浮かれていた。自分でもここまでうまく事が運ぶとは思わなかったからだ。断られた時のために色々と理由を考えていたというのに。
 ともかく、勝負はこれからである。
「まずは誰から……」
 ピィィィィィィ―――――!!
 開始の合図がなった、その瞬間!
「一斉攻撃!!」
「何!?」
 その声に北川が振り返ると、視界が白で埋まっていた。
 バッタリと倒れる北川。
 北川が倒れる瞬間に見たのは、自分以外の全員が自分に向かって雪玉を投げつける場面であった。
「もう、俺の出番終わり……?」


 〜 北川、リタイア 〜






 一方祐一はというと……
「あの、秋子さん」
 秋子は開始の合図を出した後は祐一がいる場所(本部)にいた。
 祐一の隣にどこからかもってきた椅子を置く。
「なんですか? 祐一さん」
「つかぬ事を伺いますが……」
「?」
 祐一は秋子の目を見て聞いてみた。
「なんでサンタの格好をしているんですか?」
「あら、祐一さんはこういうの好きじゃありませんか?」
 そう言いつつ秋子はその場で一回転してみせる。ご丁寧にもプレゼント用の袋まで持っていた。何が入っているのかは分からないが。
「それとも、私みたいなおばさんが着ても似合わないでしょうか?」
「いいえ! そんな事はありません!! とっても似合ってます!! むしろ嬉しいです!!!」
 秋子はそれを聞いて微笑みながら祐一の隣に腰を下ろした。
「ありがとう、祐一さん」


 平和な空気が流れていた。





 後編に続く……







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