月は出ているか。

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第一話から第四話まで。

7月17日    月は出ているか。

  胸が高鳴る。雨が降っていなかったら、心臓の鼓動が他人に聞かれるんじゃないかと思うくらいに。恥ずかしい話だが、俺はこんな経験初めてなので緊張してしょうがない。


  実は今、俺はある人と待ち合わせをしている。憧れのあの人とのデートの約束。あいにくの雨模様だが、やっとの事でここまでたどり着いたのだ。緊張しない方がおかしいのかもしれない。

  待ち合わせは『AM10:00』。あと少しだ……








  ふと時計を見ると、時計の針は『AM10:10』をさしている。おかしいな、時間に遅れるような人じゃないと思っていたのに。








  ……遅い。もう既に『AM10:40』だ。何かあったのだろうか?








  遠くで救急車のサイレンが聞こえる。何か落ち着かない、嫌な予感がする。気付いたときには雨の中に飛び出していた……

  その時、携帯電話がメロディを奏ではじめた。この音はメールの着信音だ。よく考えると、携帯電話で連絡を取れば良かったのだ。あまりの緊張にそこまで頭が回ってなかったらしい。

  急いで携帯電話をポケットから取り出す。メールが一件、日付は『7/17のAM11:12』、彼女からだ。そしてその表示を見て俺は重要な事に気付いた。






  「待ち合わせ、明日だった……」








7月22日  月は出ているか 第二話。

 「あ〜、何やってんだかなぁ……」

 デートの日取りを一日間違えて、雨をもろにかぶって帰った俺は、案の定風邪を引いて熱を出してしまったのだ。もちろんデートは中止、情けなすぎる。

 「もう、一日中フテ寝するしかないな、こりゃ」

 愚痴りながら布団でボーッとしていると、「ピンポ〜ン」という呼び鈴が鳴った。

 「誰だ? 出るの面倒くさいな……」

 俺はそう言いながらも体を起こし、玄関へ向かう。そして、戸を開けるとそこには……

 「やっほー。憧れのお姉さんがお見舞いに来たよー♪」

 「…………」

 「なにハトが豆鉄砲食らったような顔してんの! 上がってもいいよね?」

 そこでやっと俺の硬直が解けた。

 「え? ……ああ、うん。どうぞ、ちょっと汚いけど」

 「男の一人暮らしなんだから、気にしない、気にしない。おじゃましまーす」

 そう言って彼女は、全然遠慮をする素振りも見せず家に入ってきた。……まったく、この人は……でも、そういう所が良いんだけど。俺は苦笑した。

 「なんだ、結構片付いてるじゃない。もっとグチャグチャになってるのを期待してたのに」

 「ご期待に添えなくて、すいませんね。最近掃除したばっかりだから」

 彼女は顔をキョロキョロさせながら、「へぇ〜」とか「ふ〜ん」とか呟いている。……と思ったらいきなりこっちを向いて話し掛けてきた。

 「ねぇ、台所貸してもらうね」

 「ん? いいけど。何するの?」

 「台所借りるっていったら料理するに決まってるでしょ。豪勢なやつ作ってあげるから、ちょっと待っててね」

 そう言いながら彼女はすでにエプロンをつけはじめている。それにしても、いきなりやってきたのには驚いたけど、料理作ってくれるなんて、嬉しいなぁ。

 彼女はさっきから鼻歌を歌いながらテキパキと料理を作っている。それにしても、エプロン姿、似合うなぁ。……と、俺がじーっと眺めていたのに気付いたのか彼女がこっちを振り向いた。

 「あれ〜、何じろじろ見てんの? もしかして、お姉さんのエプロン姿に見とれてるのかな〜?」

 「イエ、何でもないデス……」

 実はその通りです、とか恥ずかしくて言える訳がない。……なんか、俺もてあそばれてるなぁ。

 そして、そんなやり取りが何回かあった後、料理が完成した。

 「かんせーい。ささ、たーんと食べてね」

 セリフの後にハートマークがつきそうな口調である。俺は「いただきます」と言った後、料理を食べはじめた。

 「ごっつ美味い……」

 いきなり変な言葉使いになってしまうほど、彼女の料理は美味しかった。それを聞いた彼女は笑顔で、

 「でしょー。料理には自信があるからね」

 と、自慢気に話している。

 「うん、マジで美味い。これなら毎日でも食べたいよ」

 こんな事を言ってしまうのも彼女の魅力のせいだろうか……

 「あはは。上手い事言うね」

 そういった後、いきなり真面目な顔になってこのセリフ。

 「ねえ、この料理食べてさ、早く元気になってよ。私、心配してるんだからさ……」

 ……あの、めちゃくちゃ可愛いんですけど。私は照れ隠しに話題を逸らした。

 「あ、あのさ、この刺し身になってる魚っていったい何なの?」

 「ああ、それ? フグだよ」

 ………

 「い、今なんとおっしゃいました?」

 「フ・グ。高かったんだよー。しかも私がさばいたの、凄いっしょー♪」

 「あの、私の記憶が確かならばフグをさばくのって免許がいるはずなんだけど、ちゃんと持ってるの?」

 「ううん、持ってないよ」

 「……」

 「……」








 「う……うぐぅ……」








8月2日  月は出ているか 第三話。

 「冗談きついよ、ホント……」

 私はその晩、夜空を眺めながら一人嘆いていた。昨日は大雨だったのに今晩は雲1つも無い。一面の星空。

 「まぁ、普通に考えたら彼女も食べてるんだから、そんな訳ないんだよな。やっぱり、騙された俺が悪いんだろうけどさ……」

 あの後の彼女の笑いようはひどかった。「何? 本気にしたの? おっかしー!」とかいって笑い転げてたもんな。思い出したら思わず赤面してしまう。

 「いや、あの時の彼女の顔が凄いマジだったから騙されたんだ。そうだ、あんな顔されたら嘘だとは思わないよな。うん、そうだ、俺は悪くない。」

 情けないが、そうでも思わないとやってられない。女の人ってみんな演技や嘘が上手いのだろうか。それにしても……

 「それにしても、料理美味かったなぁ」

 そうだ、あんなに美味しい料理は久々に食べた。一人暮らしになってから出来合いのものばっかり食べてたから。手料理というのは懐かしかった。感謝しなきゃな。

 「手料理、か………」

 以前は「お兄ちゃん、少しは栄養のあるの食べないと駄目だよ!」とかいって、妹の瑞希がよく作りに来てくれてたんだよな。 瑞希の料理もかなり美味しかった。

 ……けど、瑞希はもういない。半年ほど前に交通事故で逝ってしまった。 瑞希が死んであまり時間が経った訳じゃないのに、どうしてだか、かなり昔の事のように感じる。死んだ直後は、食事も喉を通らないくらい落ち込んでいたのだけど……

 「ああ! 駄目だ駄目だ! こんなんじゃ瑞希に笑われるな。元気出していかないと」

 いつのまにか落ち込んでいた気分を払拭するように自分の頬を叩いた。

 「そうだよ、お兄ちゃん。元気出さなきゃ!」

 「!!!!!」

 驚いて振り返るとそこには……死んだはずの瑞希が立っていた。あまりの事に私が口をパクパクさせていると、瑞希の方から話し掛けてきた。

 「久しぶりだね、お兄ちゃん」

 「み、みずき……な、なんで……?」

 なんだこれ? 夢でも見ているのか? そう思い、頬をつねってみる。……イタイ。

 「何やってるの? お兄ちゃん。夢じゃないよ、これ」

 そう言って瑞希は笑っている。

 「え? でもなんで……」

 混乱しつつも瑞希を観察してみる。……生前の瑞希そのままだ、服にも見覚えがある。あれ? この服って交通事故にあったときに着ていたやつと同じだ。 それに、なんか体が少し透き通って見える。……ってことは……

 瑞希は私の表情を見て何を考えているのか分かったらしく、

 「そう、私、幽霊なの」

 と、やたらとニコニコしながら言った。

 「………」

 さらっと言ってくれるな、コイツは。まぁ、目の前にいるんだから信じない訳にもいかないか……それに、幽霊だろうと瑞希に会えて嬉しい。そう思うと気持ちも落ち着いた。 自分でも不思議だな。普通ならもっと驚いたり疑ったりするんだろうけど。

 「でも、何でいきなり?」

 「うん。あのね、今日はお別れを言おうと思って……」

 「へ? お別れって、そんな、いきなり……」

 いきなりと言えばいきなりの展開にちょっと焦った。

 「今までもね、お兄ちゃんの側にいたんだよ。心配だったから。でもね、もう心配ないみたいだし。彼女、いい人みたいだしね」

 「え?」

 「だから〜、彼女さんにお兄ちゃんの事まかせてもいいなって思ったの!」

 「……」

 「もう心配いらないから成仏できると思って。でね、最後に挨拶くらいしていきたいなと思ったの。だからその挨拶ももう終わって、お別れの時間。ちょっと寂しいけどね」

 そう早口でまくしたてると「フワッ」と浮いて上に上がっていく。あれ? ……瑞希、泣いてる?

 「ちょっと待てよ! 俺まだたくさん話したい事あるのに……」

 「さよなら……お兄ちゃん」

 そう言って天井をすり抜けていき、瑞希は見えなくなった。沈黙だけが残された。




 「……寝よう……」

 しばらく唖然としていたが、とりあえず寝る事にした。思ったより早く眠りにつく事ができた。








 そして、朝。

 目覚ましの音に起こされ、目を開ける。しまった、今日は休日なのに目覚ましセットしちゃったのか。

 「まぁ、いいや。起きよう。……よっと」

 掛け声付きで、寝起きで重たい体を起こす。

 「おはよう! お兄ちゃん♪」






 目の前には昨日と同じ姿の瑞希がいた。








9月3日  月は出ているか 第四話。

 まず目に入ったのは夕暮れだった。紅い世界。紅い……血。

 俺が立っている。家の近く、普段あまり車も通らない交差点。そこで俺が呆然と立っているのが見える。紅い世界の中で蒼白な顔面は余計に生気を失っているように感じる。 ――そうか、これは夢なんだな――と思った。俺にとって夢の中でそれが夢だと分かる事は珍しくない。そんな時は大体自分の好きなように夢を操れるので便利だと友人に話した事もあった。 しかし今は、こんな夢は見たくないのが分かっているのに、俺は何かに取り付かれたようにこの場面を見つめている。アスファルトに広がる紅い血が、本来ならば赤黒く見えるだろう血の跡が、他の部分とは違い、とても鮮明に見えて夢だというのに吐き気を覚えた。

 場面が変わった。……今度は黒。今度は人がたくさんいて、皆黒い服を着ている。喪服、葬式。そうだ、これは葬式だ。俺の妹である『瑞希』の。棺の中には冷たくなった妹の亡骸が見える。交通事故で死んだとは思えないとても奇麗な顔だった。


 ――何なんだ、これは。やめてくれ。何でこんな夢を見るんだ。夢なんだろ! 頼む、早く覚めてくれ!

 そう思った瞬間意識が飛んだ。





 「――て」

 「――きてってば」

 「起きて、お兄ちゃん」

 意識が覚醒する。ゆっくりと目を開け、目の前の時計を見る。……13時。今日は休日なので目覚ましはセットしてなかったんだっけ。上半身を起こし、顔を上げると瑞希がすぐ側に立っていた。

 「……ほえ?」

 さっき見た夢が頭から離れず、かなり間抜けな声を上げてしまう。――あ、いや、それだけじゃなくて……

 「どうしたの? うなされてたよ。嫌な夢でも見たの?」

 「ん……まぁ、そうなんだが。っていうかその格好、何?」

 「え? だってせっかく自分の格好は自由なんだから別にいいじゃない?」

 そう言いながら「くるん」と一回転してみせる。

 「で、なぜにメイド服?」

 瑞希は何でだかよく分からないが『メイド服』を着ている。確かに瑞希のいう通り、幽霊なので着るものは自由にする事ができるらしい。しかも普通に触わる事もできる。理屈はよく分からないが。

 「だって、料理したり洗濯したり掃除したりしてたんだもん。それに、お兄ちゃんこういうの好きでしょ♪」

 そう、瑞希が現れた次の朝、一週間前になるか。起きたら目の前にいる瑞希にどうしたのか聞いてみると、「成仏の仕方よく分からないよ、どうしよう……」とかいって、結局今も俺の身の回りの世話をしながら居座っている。 お払いとかしてもらおうか? と聞いたのだが「この際だからお兄ちゃんと一緒にいる」といって拒否してしまった。なぜ物に触れるようになったか等は、自分でも分からないらしい。

 「んー、あー、嫌いではないが……」

 夢から覚めた瞬間のあの嫌な気分はいつのまにか吹っ飛んでいた。というより、朝起きたら妹(実は瑞希は養子なので血は繋がっていない)がメイド服で最高の笑顔をこちらに向けているってのは、なんちゅーか、ヤバイ。

 「あはは、変な気分になっちゃう?」

 「だあぁぁ! 断じて違う!!」

 なんつー事を言うんだコイツは。まぁ、確かに変な気持ちになっちゃって……って違う! そうじゃない! 仮にも妹だぞ、しかも幽霊! 理性を保て、俺!

 瑞希はそんな俺の心の葛藤を知ってか知らずかニコニコしながら近づいてきて、

 「お兄ちゃん、触われるんだから好きにしてくれていいんだよ。血も繋がってないんだし、ネ♪」



 クリティカルヒット。



 ゴス! ゴス! ゴス! ゴス!

 「ふぅー、ふぅー……」

 壁に頭を何度もぶつけて落ち着いた後、ゆっくりと振り返り、やっとの事で声を……

 「ぶわぁっはあぁぁ!! なんで服を脱ごうとしてんだお前はぁ!!」

 振り返るとこれまた何故かメイド服を脱ごうとしている我が妹。なんかもう理性がジェットエンジン積んで宇宙の彼方へすっ飛んでいきそうだ。

 「てへへ、ビックリした?」

 冗談だったらしい……残念……ってだから違う! あぁもう何がなんだか。

 「頼む、心臓に悪いからそういう冗談は止めてくれ……」

 「ゴメンね♪」

 「っていうか、あんた達何してんの?」

 全然反省してないような瑞希の声のあと、いきなりこれまでと違う声がする。声の方へ振り向くと……『彼女』だった。 なんかメチャクチャ恐い顔してる、当たり前だが。瑞希の方を見ると、どうしたものかとオロオロしている。そして俺は天井を見上げ、沈痛な表情で一言呟いた。












 「……修羅場?」







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