月は出ているか。

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第五話から。

1月25日  月は出ているか 第五話。

 何でこんな事になってるんだろう。

 オカシイ。明らかにオカシイ。もし誰か他の人がこの状況を見たら10人中9人は「変だ」と言うだろうし、そのうち7人は何も見なかったように逃げ出すと思う。

 何でこんな事になってるんだろう。

 今日何度目になるか分からないが、そんな言葉が俺の頭を駆け巡る。

 俺は脂汗をにじませ、どうしようもなく混乱した頭で今の状況を考えてみる。

 今日、いつものように妹の瑞希に起こされて、家でくつろいでいたら、友人から電話がかかってきた。曰く、「暇だから遊びにこい」。 今日は休日にしては珍しく、恋人である月原 渚との約束もない。要するに暇だった俺は、「分かった。昼過ぎにいく」と言って電話を切った。

 友人の名前は『音霧 椿』。最初そのフルネームを聞いた時、「なんか女みたいな名前だな」と言ったら「昔そう言ってよくからかわれたよ」と笑っていた。こいつとはかなり仲がいい。所謂「悪友」ってやつだろうと俺は思っている。

 瑞希の作った昼飯を食べた後、その悪友の家についたのは確か午後2時くらい。そこまではいつも通りだった。そう、いつも通りだったのだ、そこまでは。

 しかし、今の状況はどうだろう。少し考えてみる。いや、やはり考えるまでもなくこの状況はオカシイ。


 オカシイと思う理由その一。

 部屋が片付いている。俺が知っている音霧の部屋はいつだって汚かった。足の踏み場もないという形容がまさにぴったりとくる部屋だったはずだ。掃除すればいいのに、と俺は思っていたが本人曰く、「メンドイ」、という事らしい。勿論、オカシイのはこれだけじゃない。


 オカシイと思う理由その二。

 俺の足が縄で縛られている。手も体の後ろでしっかりと縛られている。初めはどうにかして解けないかと足掻いていたが、丹念に縛られているようでビクともしない。猿ぐつわを噛まされていないのは最後の良心か、それとも単なる気まぐれか。


 そして一番の問題となる、オカシイと思う理由その三。

 目の前で楽しそうにこちらを眺めている、我が悪友『音霧 椿』。俺を縛った犯人である。


 「もう一度聞く。何でこんな事をするんだ」

 俺は聞いた。2度目だ。実はさっきこれと同じ質問をしたのだが、冗談で流されたので、もう一度聞いた。否、冗談だと思いたかったので、もう一度聞いた。

 「やらしい事」

 さっきと、同じ答えだった。

 「だから、本当のこと言えよ!」

 足を縛られたまま、後ろの壁を支えにして立ち上がり、怒鳴った。音霧を責めるように、そして助けを求めるように。

 「冗談なんかじゃない。それと言っとくけど、騒いだって誰も来ないから。今、家族は旅行に出てていないし。まぁ、楽しもうぜ」

 そう言って、音霧は薄い笑みを浮かべる。反対に俺は表情を凍らせる。

 コイツ、本気だ。マジだ。コイツの、真剣な時の目だ。それが分かると、背筋に悪寒が走った。鳥肌が立った。そして、運命の神様を呪った。ああ、私が何をしたというのでしょう。 幽霊の妹と暮らしているとはいえ、その他は平々凡々と暮らしてきた私に、どうしてこんな試練を御与えになったのでしょうか。

 天井を見上げた。とりあえず神様とやらが本当にいるのなら目の前に引きずり降ろして、ぶん殴ってやりたい。グーで。

 「じゃ、そろそろ始めるか……」

 何を始めるというのか、問い詰めたい。小一時間問い詰めたい。ジリジリと音霧が近づいてくる。音霧は笑っている。俺の膝も笑っている。 逃げたい。どうにかしてこの状況を抜け出したい。切に思った。

 扉の方を見る。距離、3メートル。手足を縛られている上、途中に障害物である音霧がいるため100%脱出は不可能。

 自分がもたれ掛かっている壁と窓を見る。いけるかもしれない。ちなみにここは2階である。落ちて首の骨を折って死ぬかもしれないが、このままよりマシ。実行に移す。

 縛られたままの手を窓にかけ、思いっきり開け…………れない?

 「カギ、掛かってるに決まってるだろ。最後まで逃がすつもりはないからな」

 最後って何処だ。思いっきり突っ込みたい。「最後って何処やねん!」とお笑い芸人のように、気持ちの悪い笑顔を浮かべる音霧の顔に裏手で思いっきり突っ込みたい。 しかし、手は縄で縛られているし、恐怖でカラカラに渇いた喉は音を発してくれない。

 音霧は近づいてきて俺の身体に手を伸ばす。

 ぞわわわわ、と今までに感じた事のないような悪寒が走る。はっきり言って泣きそうだ。神様、先ほどはグーで殴りたいなんて思ってごめんなさい。お願いですから私に明るい未来を。

 もちろん神様が願いを聞いてくれる訳がない。音霧の顔がすっと近づいてくる。おい、お前何する気だ。あと10センチ。 なんで顔を近づけてくるんだ。やめろ、止めてくれ。8センチ。いい加減にしないと実はお前がロリコンでその手のパソコンゲームをいっぱい持ってるのをバラすぞ、こら。5センチ。 嘘ですごめんなさい、そこで止まって、ふざけないでください馬鹿野郎。3センチ。いやお願いやめて私が悪かったから嘘だと言って今からでも遅くない早く嘘だと。1センチ。 いやあぁぁ――――――――――――!!!


 ゴス。


 気付いたら思いっきりヘッドパットをかましていた。距離が近かったため、そんなに威力はないが、第一の危機は乗り越えたようだ。額の痛さは勲章のように思える。

 しかし危険は全然去っていなかった。音霧は少しの間額を抑えてうずくまっていたが、やがて顔を上げる。

 「いてぇなあ。俺の言う事を聞かないやつには、たっぷりとお仕置きをしないとな」

 さっきより爽やかな笑顔。鬼の顔ってもしかして、こういう笑顔なんじゃないんだろうか。と、場違いな考えが頭に浮かぶ。

 そして、何故か音霧の懐から取り出される指揮棒。すっと伸ばされる、それ。何に使うのかは考えたくなかった。

 音霧は俺のジッパーに手を掛ける。

 俺は思った。お父様、お母様、先立つ不幸をお許し下さい。瑞希、お前は一人でも元気で生きていくんだぞ。いや、もう死んでるのか。そして渚、俺、こういう事はお前としたかったよ。

 ジッパーは下げられ、『アレ』と外気を隔てるのは布一枚。そしてゆっくりと、音霧の手がその布に触












 「だああぁあぁぁあぁぁ―――――――――――!!!」






 絶叫と共に、俺はガバッと『体を起こす』。

 体は汗だく。はっきり言って気持ち悪い。辺りを見渡す。見慣れた部屋。そう、自分の部屋。

 「ゆ、夢?」

 声に出すと、段々と気持ちが落ち着いてきた。安堵の溜め息を一つ。パタパタと音がして、ドアがノックされる。

 「お兄ちゃんどうしたのー?」

 瑞希の声。俺は喜びを噛み締める。夢で良かった。瑞希に返事をする。

 「ああ、何でもないよ。ちょっと嫌な夢を見ただけ」

 「ふーん。まぁ、昨日は大変だったからね。ゆっくりと休んでね」

 そう。昨日、朝に瑞希がメイド服で起こしに来て、そこを渚に見られててんやわんやだったのだ。それから渚に色々と説明し(幽霊だなんだは伏せて)、機嫌を回復させた時にはもう日が暮れていた。 せっかくの連休の一日を無駄にしたのだ。今日どこかに出かけよう、と提案してみたが、何やら用事があるらしく無理だった。それで、今日一日はゆっくりとくつろごうと思っていたのだ。

 遠ざかる足音。俺は立ち上がり、伸びをしたあと、カーテンを思いっきり開けた。日差しが眩しい。時計を見るともう午前10時のようだ。

 「あんな夢、見るのも嫌だけど……それでも、現実じゃなくて夢で良かった」

 少しの間ボーッとしていると、携帯電話が鳴り始めた。表示を見て、表情が凍り付く。


 『音霧 椿』


 いや、あれは夢なんだ。夢。そう夢なんだよ。現実と関係があるわけない。そう言い聞かせ、ボタンを押し、耳に近づける。すると、聞きなれている声で奴はこう言いやがった。






 「暇だから遊びにこい」

 と。




============

 めちゃくちゃ遅れましたが、ヒロイン名前募集時の特典として差し上げた、「こんなシチュ使え権」によるリクエストに応えました。

 『月は出ているか 第五話』です。

 リクエストをくれた方、まだここを見て下さっているでしょうか。俺は頑張りました。

 あなたから、「じゃあキーワードは『ホモ』または『ヤオイ』で」と10/13にメールが来た時は、「俺を殺す気ですか」とか思いました。

 しかし、俺も男だ二言はねぇ。って事で3ヶ月以上遅れましたがテーマ『ヤオイ』でお届けしました。っていうか俺にはこれが限界です

 そこいらで見られる、男同士のあんな爽やかな同性愛なんて書けるはずもありません。 できるかぎり生々しい描写はしてません。しかし、それでもこれを見て気分が悪くなった方には申し訳ないのですが、責任は取れませんのであしからず。

 しっかし、こんなのを書くために昨日更新を休んだというのは自分でもどうかと思った。

 いや〜、これで肩の荷が降りた……



3月25日  月は出ているか 第六話。

 「ねえ、何頼むの?」

 横から渚が声をかけてくる。だから俺は答える。

 「実は以前から注文してみたかったものが一つあるので、今日はそれにしてみようかと思う」






 今現在、俺達は某ファーストフード店に居る。関東と関西で呼び方が違うあそこだ。この辺ではなぜか人によって、両方の呼ばれ方をされていたりする。謎である。

 まあ要するに、今俺は恋人である月原 渚とのデートの途中なのである。さらに言うなら、時刻は昼飯時の12時46分37秒である。

 お昼時だという事で、店内にはそれなりに賑わっている。もう少し時間置いてきた方が良かったかもしれない……

 「へえ、私もそれにしよっかなー」

 「止めはしないけど……」

 「?」

 渚の顔には疑問符が浮かんでいる。なんとなく話題を逸らす。

 「それにしても、こんなにも大勢の人が大切な昼食をファーストフードで済ませてしまうとは嘆かわしい。もっとバランスの取れた物を食え」

 「人の事言えないじゃない」

 言いながらクスクス笑う。むぅ、可愛い。

 「何を言うかね、渚さん。本当ならば今日の今ごろ、私は美味しい美味しい手作りのお弁当を食べていたかもしれないというのに……」

 「仕方ないじゃない。寝坊しちゃったんだもの」

 「ああ、何という事だ。渚にとっては俺とのデートなんて、寝坊をしてしまうほどどうでもいい事なのであろうか! 俺、もう笑えないよ……」

 そう言って俺はがっくりとうな垂れる。いつもは渚にからかわれる立場なので、こういうときには少しからかってみたくなるのだ。

 その様子を見て、渚がばつの悪そうな顔をして……

 「おー、よしよし。そんなに悲しかったのね。ここはお姉さんが奢ってあげよう、好きなだけ食べたまえ」

 なかった。

 「ならば月見バーガー200個とか」

 「残したらその分の金額の100倍で払わせるわよ」

 「すみません、割り勘でいいです」

 ……やっぱり、この人には敵わないのだろうか。




 「あ、そろそろね」

 新人なのか店員の一人が、慣れない様子でレジを打っていたが、話をしているうちにだいぶ列は進んだようである。もう少しで自分達の番だ。

 「で、渚は何にするんだ?」

 「んー、君と一緒でいいや」

 「ふーん」

 「何よ、それ」

 「別になんでも」


 なんだかんだで自分達の番である。ちなみに目の前にいる店員は、ちょっと慣れていない様子でレジを打っていた女の新人さんだ。


 「何になさいますか?」


 聞かれたならば言うしかあるまい。はっきりとした口調で、相手の瞳を真っ直ぐ見詰めながら、周りの音に遮られないよう大きな声で俺は言った。








 「スマイル二つ!!」






 バイトの顔が凍る。ちなみに周りの空気も凍っている。

 「……」

 沈黙しているバイトに声をかけてみる。

 「どうしたんだ、君の輝かしいスマイルを二つと言っているのだ」

 そう言って、少し顔を近づける。

 実は、この店に入った時に新人と思わしき女性がいるのを見て、この娘に当たったら注文してやろうと最初から思っていたのだ。

 「えっと……あの……」

 「どうしたのだ! この店は客に対して笑顔を渡す事さえ渋るのか!? それとも「2つ」なのがいけないのか!? よし、ではこうなったら奮発してスマイルを1メガバイトほど頼もうではないか!」

 「……ぁ、ぁぅ……」

 「早速作ってもらおうか! さあ! さあ!! さあ!!!」




 スパーーーン!!




 ……後頭部に鈍痛。痛い。

 かなり景気の良い音がしたのだが……。顔を横に向けてみる。

 「で、どうしたいのかしら?」

 渚がここ最近では見た事もない、素敵な笑顔でこっちを見ていた。でも目は笑ってない。……っていうか、その手に持っている巨大ハリセンはどこから?

 「……」

 「……」

 無言で見詰め合う2人。背中に汗が流れる。ヤバイ。これ以上はヤバイと本能が告げている。俺もこんな所で死にたくはない。

 多少引きつった顔で、バイトの方を向く。

 「すまないな、変な注文をして。スマイルは一つでいいや」

 「……は、はい」

 バイトはぎこちなく笑顔を作る。よし、それじゃあ……








 「もちろんテイクアウトで」




 ドギャ!








 ブラックアウト。



4月2日  月は出ているか 番外編その一。

 何故人は闘いをやめないのだろうか。

 人類の歴史とは、血を血で洗う闘争を繰り返し、その闘いで消えていった人々の、様々な思惑を土台として成り立っているとも言える。 今日も地球上では数多なる争いが起こり、規模の大きさを度外視すれば、それこそすべての土地が闘いによって彩られているだろう。

 人の世界は変わっていく。しかし、その根本にある『闘い』というものは変わらない。無くならない。当たり前だ。闘いがあるからこそ、世界は変わるのだ。

 もしかして人という生き物がここまで繁栄してきた理由とは、地球上で一番闘争本能あふれる種族だからなのかもしれない。

 ――――そして此処でも、闘いは始まっていた。








 「渚さんは、お兄ちゃんのどんな所が好きになったんですか?」

 瑞希は自分がいれた紅茶を一口のみ、テーブルを挟んだ向こうにいる月原渚に問い掛ける。問われた渚も、自分の前に出された紅茶をゆっくり、ゆっくりと一口味わった後に答えた。

 「そうね……芯が強いところ、かな。普段は頼りなさそうなんだけどね」

 2人で笑う。典型的な、ある男性の恋人と妹の会話だ。

 ……2人して目が笑っていない点を除けば。

 「ねえ、瑞希ちゃん。もう遅いし、そろそろ寝たらどうかな?」

 時計を見ると2時をまわっている。もちろん午前の。草木も眠っているこの時間、何故この組み合わせの2人が、同じ部屋で2人っきりでいるのか。

 「いえ、まだ大丈夫ですよ」

 渚の柔らかく、諭すような声に、即答する瑞希。渚が少しだけこめかみをヒクつかせる。

 「渚さんこそ眠ったらどうです? 私も鬼じゃありませんから、今日は家に泊まってもいいですよ。いくら邪魔でも追い出そうなんて思っていません」

 「いいのよ。アイツが帰ってくるまで待ってるって最初に言ったじゃない? 瑞希ちゃんこそ子供はもう寝る時間じゃないかしら」

 朗らかに笑いながら語り合う2人。それから少しだけの沈黙。もしこの場に他の人がいたならば、余裕で胃に穴が開いたであろう時間を無言で見詰め合い、突然に沈黙が破られる。

 「ふっふっふっふっふ……」

 声を揃え2人して笑う。周りの温度が下がる。気のせいかもしれないが、風もないのに窓がビリビリと震えている。そして見る人が見れば、2人の視線が交差する点は未知なる力による空間の歪みが見えただろう。

 外ではこの空気を感じ取ったのか、野良猫が縄張り争いをほっぽりだして逃げ出し、犬は鎖によって繋がれているため逃げる事ができず、身を屈めブルブルと震えて耐えていた。








 時間を4時間ほど戻そう。








 「やっほー。こんばんはー! 愛しのお姉さんがきましたよー。って、あれ?」

 インターホンすら押さずに上がり込んできた渚が、部屋の端から端までを見た後、しばし逡巡。

 「……もしかして、アイツいないの?」

 「え、ええ。確か音霧さんと何処かに出かけるとか言ってましたけど……」

 突然の事に少しだけ固まっていた瑞希がハッと気付き、応える。

 「そうなんだ。こりゃ、無駄足だったかなぁ……」

 「あ、でもそろそろ帰ってくると思いますから待ってみますか?」

 「じゃあ、そうさせて貰おっかな」

 そんな会話をした後、しばらく談笑した。自然と2人の共通の話題と言える人物についての話になった。

 主に渚が喋る側に回り、瑞希が相槌を打つ。最初の一時間は平和といえば平和だったのだ。しかしそれは表面上の事で、水面下では着々と事態は悪化していたのである。




 瑞希は実を言うと、渚の事をあまり好きではなかった。話してみると面白いし、特に嫌みたらしいわけでもなく、特に嫌いになるような人物でないにもかかわらずだ。瑞希も最初何故そんなふうに思うのか不思議だった。

 しかしそれは単純な事であった。要するに『大好きなお兄ちゃん』を取られてしまうという嫉妬心からくるものだ。今では瑞希自身もそれに気付いており、複雑な気持ちで渚と向き合っている。

 本当に楽しそうに兄の事を話す渚に、最初は普通に相槌を打っていたのだが、それを聞くにつれ、言いようのない感情が心の奥底からふつふつと沸き上がってきて、言葉少なになっていく。

 感情が沸きおこり、溜まっていく。少しずつ、少しずつ。

 そして事態は切っ掛けをもって、大きく変化する。


 プルルルルルルル……、プルルルルルルル……


 電話が鳴る。「はいはいー」と言いながら立ち上がり、駆け寄った瑞希が受話器を手に取った。

 「もしもし。……あ、お兄ちゃん? …………うん、うん。……分かった。うん。あ、お兄ちゃん、そういえば今……あれ? ちょっと、お兄ちゃんってば! もしもし、もしもーし!」

 受話器を置き、溜め息一つ。その様子に気付いて渚が声をかけた。

 「どしたの?」

 「うん、お兄ちゃんからだったんですけど、帰ってくるのかなり遅くなるって。それだけ言ってすぐに切られちゃいました」

 「いったい何してんのかしら、あの2人」

 「さあ……? またよく分からない事に情熱を燃やしてるんじゃないんでしょうか?」

 「なるほど……」

 あの2人って、それぞれ単独だとそうでもないのに、2人揃うと水を得た魚のように活き活きしてきて、くだらない事に情熱を傾けるようになるのよねー。と、渚は心の中で呟いた。

 「……」

 「……」

 なんとなく会話が無くなる。こういう空気があまり好きではない渚は、とりあえず話題を探す。

 「……瑞希ちゃんってさ、アイツと凄く仲いいよね」

 「そりゃそうですよ。兄妹ですから」

 地雷に近づいているという事は、渚はまったく気付かない。そして事象は加速する。

 「いや、そうじゃなくって。だって親元から離れて一緒に住んでるんでしょ? 普通はあまりそんな事しないよね」

 「いいじゃないですか。お兄ちゃんの事好きなんですから」

 瑞希の不機嫌そうな声に、渚が少し眉をひそめる。

 「仲がいいのは良い事だけどね。でもさ、少しは兄離れしたらどうなのかな、と思ってね。アイツも瑞希ちゃんに頼りすぎな所もあるしさ」

 今、スイッチは押された。

 「余計なお世話です!」

 バンっ!! と両手をテーブルに叩き付ける。

 無理矢理塞き止められていたエネルギーは、普通ならば大した事のない衝撃によって、危うい状況で保たれていた均衡を破り、もう誰にも止められない力の奔流となる。

 「み、瑞希ちゃん?」

 瑞希はそれに応えるようにして相手の瞳をキッと睨み付ける。普通の人なら石化するだろう。ほんの少しだけ残っている瑞希の冷静な部分は、「ああ、やっちゃったな」と他人事のようにこの状況を観察していた。

 「いくらお兄ちゃんの恋人とはいえ、そんな事まで口出しされたくはありません!」

 「……え、え?」

 月原渚は混乱していた。当然である。今まで楽しく話していた娘が突然に怒り出したのだ。そう言えば途中からあまり喋らなくなっていたかも、と気付いたが、それはいったい何故なのか。

 自分でも回転は早い方だと思っている渚の頭では、ものの数秒でその答えをはじき出していた。そして微笑ましいな、と思う。

 確かにその答えは正解してはいるが、模範解答とは言えない事に渚はまだ気付いてはいない。

 「……あー、もしかして、私に嫉妬してたりする? お兄ちゃんを取られるー、とか」

 そして、火に油を注ぐとどうなるか。

 「ええ、そうです! なんか文句でもあるんですか!? 何処の馬の骨ともしれない女にお兄ちゃんが取られるかもしれないんです! これが嫉妬しないでいられますか!!」

 「ちょっとそれは酷いんじゃない? あなたこそアイツを所有物みたいにいうのやめたら?」

 「お兄ちゃんは私のです!」

 「さらっと問題発言をするな、このブラコン娘!」

 被害が大きくなるに決まっているのである。

 「前々から言おうと思ってたんですよ。今日だってインターホンすら押さずにズカズカと人の家に上がり込んできて。あなたの頭には常識って言葉がないんですか!?」

 「うるさいわね。あなたこそ何を勘違いしてメイド服なんかきて、実の兄に迫ってたのよ! おかしいのはあんたの方じゃない!」

 「全然おかしくありません! 私とお兄ちゃんは、しようと思えば結婚だってできるんです!!」

 「は? 何言って……」

 「あら、知らなかったんですか? 私とお兄ちゃん血が繋がってないんですよ。私、養子ですから」

 勝ち誇ったように胸を反らす瑞希。今の日本の法律では幽霊と結婚はできないような気がするが、そんな事はどうでも良いらしい。

 「はん、でもそのお兄様にまったく相手してもらえてないんじゃ、どうしようもないわよねー」

 「五月蝿いです、いつか振り向いてもらう予定ですからノープロブレムです! 一緒の家に住んでいるんですからね、その点忘れないで欲しいです!!」

 ご近所に聞かれたら、数ヶ月は井戸端会議のネタにされそうなワードが2人の間を飛び交っていく。 しかし、熱くたぎる2人の魂が言葉だけでは満足できるわけがなく、時を置かずして拳も交錯し始める。

 2人の熱きバトルはその後2時間ほど続いた。








 流石に体力が尽きたのか(当たり前だが)、2人はテーブルを挟み座っていた。

 ちなみにまったくといっていいほど部屋は散らかっていない。まるで異次元で闘ってでもいたかのようだ。 バトルフィールドを汚す行為は、愛しい人の巣を乱す行為と変わらないという事を2人ともが分かっており、闘いの始まった瞬間アイコンタクトで条約が制定された結果である。

 そして、2人で殴り合っていたにもかかわらず、顔に一つも傷などできてはいない。 これは女の命とも言える顔を殴らないようお互いに考慮した、という訳ではなく、ただ単に「愛しい人に傷のついた顔なんて見せられない」という、乙女が持っている強き想いと神秘の力だからこそ成せる技であった。

 一時休戦という言葉が2人の間で、やはりアイコンタクトで交わされた後、瑞希のいれてきた紅茶飲みながら3時間前と同じように談笑していた。

 もちろん渚は瑞希のいれてきた紅茶に毒物が入っていないかどうかを、料理で慣らした自慢の舌でゆっくりと、ゆっくりと紅茶を調べながら飲んでいたし、瑞希は相手の話から何か弱点を見つける事はできないかと、全身の神経を総動員して渚との会話に集中していた。






 しかし闘いにも終わりはやってくる。


 ピリピリとした空気が2時間ほど続き、先ほどのバトルの所為もあって2人ともかなり疲弊していた。

 「遅いね、お兄ちゃん」

 「そうね、ホント何してるのかしらね」

 この膠着状態を打破するには、愛しいあの人に帰ってきてもらうしかない。疲労のせいで回らない頭で、2人はまったく同じ事を考えていた。

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……遅い」

 「……遅いです」

 2人とも限界が近づいていた。渚は眠気からか身体をフラフラと左右に揺らしているし、瑞希はもう瞼が半分落ちてしまっていてボーッとしている。

 「大体、あいつは乙女心ってのが分かってないのよ。人をこんなに待たせるなんて人として不出来だわ」

 勝手に来た事は既に頭にはないらしい。

 「本当です。お兄ちゃんときたら甲斐性というものがありません。こっちは何時でも万事オッケーなのに、いったいどういう事なんでしょう」

 何がオッケーなんだ。何が。

 「やっぱり瑞希ちゃんもそう思う?」

 「渚さんもそう思ってるんですね?」

 2人の視線が絡み合う。それは何故か敵対する者同士の物ではなかった。

 「瑞希ちゃん、アイツが帰ってきたらお仕置きね。これは」

 「あ、それなら丁度いい道具がありますよ」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……」

 突然2人で「グッ!」と親指を立てあった後、強き握手が交わされた。もちろん2人とも右手である。

 『我は汝を裏切らない』。2人の目が語っていた。

 そして異口同音で「ふっふっふっふ……」と笑ったかと思うと2人して倒れた。








 何も知らぬ待ち人は、自分の家に辿り着いた時、何故か満ち足りた顔で抱き合って寝ている渚と瑞希を発見し、首を傾けて悩んだという……






============


 あとがきっぽいもの


 って事で、3人称の番外編です。「勢いのある文を書いてみよう」とふいに思い立ち書いてみましたが、かなり中途半端になった模様。

 主人公の名前がないとかなり不便ですなー。私の文章力がないせいでしょうけども。

 それにしても、これを楽しみに待ってる人っているんでしょうか?








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