月は出ているか。

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第三期

1月25日  月は出ているか 番外編その二。

「よし、これで終了!」
 瑞希はそう言って満足そうに手を打ち鳴らした。瑞希の目の前には以前よりもすっきりした部屋がある。
 兄を大学に送り出した後、読みかけだった漫画を片づけてあげたら、無性に徹底的に掃除したくなってしまったのだ。
 いつも兄は「掃除くらい自分でやるよ。そんなに迷惑かけられないし」と言って遠慮していたが、自分は迷惑に感じていないので、別に良いだろう。と理屈を付けて掃除に取り掛かったのだ。
 もちろん、その最中に兄にとっては見られたくないものを見つけたら、帰ってきたらすぐに見える場所に置いておくのも忘れなかった。例えばイヤラシイ本とか、イヤラシイ本とか、イヤラシイ本とか。
 奇麗になった部屋を見渡し一つ頷いてから、瑞希はこれからどうしようかと考えを巡らせる。
 洗濯もやった、洗い物も終わった、掃除も今終わらせた。さて、どうしたものだろう。
「にゃ〜」
 突然の声にそちらを向いてみると、窓の外にネコがいた。どこか寂しそうな目でこちらを見ている。
 瑞希は無言でそちらに向かう。そして窓を開けようとして、やめた。
 瑞希は一瞬目を伏せ、次の瞬間には窓の外へと出ていた。
 窓をすり抜けて。
 ふわり、とこちらを見ていたネコの側まで移動すると、その手でネコの頭を撫でる。ネコが嬉しそうに「にー」と鳴いた。
 その側には、瑞希が撫でているのと同じ姿をしていたであろうネコの死体が転がっていた。車に轢かれてしまったのだろう。
 瑞希は、自然と浮かんでくる嫌な記憶を振り払った。



 それから瑞希はネコの死体を埋めてお墓を作った後、なんとなく散歩をする事にした。
 あのネコの霊が、どうやら自分に懐いてしまったようなので、一緒にブラブラとしてみよう、と思ったのだ。
 いつもとは違い、霊体の状態のままである。普段は兄と生活を共にしている為か、できるかぎり普通の人間と同じように生活しているので、このフワフワとした感覚は久しぶりだ。
「あ、いた」
 瑞希はそう言って立ち止まった。ネコの霊も、瑞希に合わせて足を止めた。
「ココ、あれが、私のお兄ちゃんだよ」
 瑞希の視線の先には、友人と談笑しながら歩いている兄がいた。ちなみにココというのは、瑞希がネコの霊に付けてあげた名前である。
「本当に助かったよ。ありがとうね、明くん」
「別に、大した事はしてないよ」
 瑞希は無言でススっと、兄と、その隣で嬉しそうに話している女性へ近寄っていく。ココは何かにおびえたような表情をしながら、付いていく。
「でもありがと。そうだ、お礼にお昼御飯何か奢ってあげよっか?」
「いや、悪いよ」
「いいのいいの。そんな事気にしなくて……も……」
「どうしたの?」
「え。ご、ごめん。なんか気分悪いんで、また今度ね」
「え、ちょ、ちょっと? 気分悪いって、大丈夫!? おーい。……行っちゃった」
 走りながら去っていく友人の背中を不思議そうに眺める兄を瑞希はじーっと睨む。しかし、今の瑞希は普通の人間には見えない状態なので、明は気付いていない。
「ま、いいか」
 再び歩き出した明の背中に、背後霊よろしくピッタリと瑞希が付いていく。
 ココが、「にゃー」と気の抜けた声で鳴いた。



「今日は、何だったんだろうな」
 夕暮れの中を明は歩いている。
 瑞希とココもやはりその後ろを追いかけるようにして歩いていた。
「何か病気が流行ってるのかな。気分悪くなる人多かったけど。でも、女の人ばっかりだったな。うーん……」
 首を傾げる兄に、瑞希は半眼で睨んでいる。その目は如実に「お兄ちゃんてモテるんだね」と恨みがましく語っていた。
 突然、明が立ち止まった。
 急だったので、瑞希は止まれずに鼻の先が明の身体にめり込んでしまっていたが、慌てて体を離す。
 瑞希は、何やら険しい顔をしている兄を訝しみながら観察する。
 その視線の先にあるのは、交差点の端に置かれている小さな花束。
「あ」
 兄の事で頭がいっぱいだった瑞希も、ようやく気付いた。
 交差点。夕焼け。紅。夕焼けの紅。そしてそれとは別の、紅い色。泣いている兄。誰にも気付いてもらえない自分。……自分の、死顔。
「にー」
 ココの鳴き声に瑞希は我に返った。見ると、明はいまだ遠くを見るようにボーッとしている。
 瑞希は、足元でじっとしているココに声をかけた。
「帰ろっか。……夕飯の支度もしないといけないし」
 未だ交差点の方を見ている明を置いて、瑞希は家に戻る事にした。
 そして、考える。

 自分はいつまでこのようにしていられるのだろう。

 いつまで、兄と一緒にいる事ができるのだろう。

 ……答えは、でない。
 再びココが「にー」と鳴いた。瑞希は優しく両手でココを抱き上げる。
 でも、と思う。
 自分は恵まれている。ココなどの普通の霊とは違い、もう死んでしまったというのに、兄と一緒に過ごす事ができる。生きている時と、あまり違わない生活を送る事も、一応はできている。
 自分の顔を見上げているココに、優しく微笑んでから、瑞希は言う。
「そうだね、こんな幸運、みんなに訪れるわけじゃないもんね。うん、落ち込んでる場合なんかじゃない。とりあえず、美味しい夕飯作って、お兄ちゃんを元気付けてあげよ!」

 そう言って瑞希は走り出す。その顔にはもう暗い影はい。




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主人公の名前、さりげなく決めました。

 復活したっていうのに、番外編です。だからなのか、微妙にシリアスはいってます。どうしたものか。








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