『幻想入り(予定)シナリオテキスト』


 第6話







 どうやら俺たちが一番最後だったようで、部屋に着いたときアリスは永琳さんと雑談をしていたようだった。ちらりと話の内容が耳に入ったが、何かの魔術用の道具の話だったようで、まったく理解できなかった。……同じく聞こえていただろう鈴仙も首を傾げていた辺り、かなり専門的な話だったのかもしれない。
 この部屋にいたのは二人だけではなく、もう一人いた。まだ見たことない顔だった。
「?」
 俺が隣に座ると、その人物がこちらを向く。背はかなり小さい。頭には鈴仙のように兎の耳が二つ付いている。それがなければただの小さい女の子にしか見えない。庭には兎が沢山いたし、永遠亭は何か兎に縁のある場所なのだろうか。
 その女の子がこちらをじーっと見ている。
「こんにちは」
「……傷はもういいんだ?」
 とりあえず声を掛けてみると、そんな反応が返ってきた。
「ああ、おかげさまで。歩き回るくらいなもう問題ないんじゃないかな」
 永琳さんのほうを見ると、こちらの言葉を特に気にするでもなくお茶をすすっているので、実際大丈夫なんだろう。
 アリスがチラッとこちらを見たが、何も言わなかった。まだ機嫌は治ってないのだろうか。
「ふーん、そっか。よかったじゃん」
 それだけで興味がうせたのか、すぐにお茶請けである羊羹のほうに意識を戻してしまっていた。
「てゐ、きちんと挨拶くらいしたらどう?」
 てゐと呼ばれた女の子と、俺を挟むように座った鈴仙がたしなめた。……俺を自由にさせたくないからって、こんなところでも隣に陣取らなくてもいいと思うのだが。
「因幡てゐ」
 鈴仙に言われたからか、こちらを向いてぶっきらぼうに一言。
「てゐ、ね。俺は直葉。とりあえずよろしくな」
 コクリ、と頷くと、また羊羹の方に意識を戻してしまった。……人見知り、なのだろうか。それにしては……
「あぁ、そういえば私も名前言ってなかったわね」
 俺たちの会話を聞いて、お姫様がそんな事を言ってきた。
「私の名前は蓬莱山輝夜。永琳とか鈴仙には姫とか言われてるけど、輝夜って呼んでくれていいよ」
 やっぱり、見た目に反してやたら砕けた対応だ。
「蓬莱山……輝夜?」
「そうよ。なにか?」
 どうやらこのお姫様の名前は蓬莱山輝夜と言うらしい。『蓬莱』に『カグヤ』と来れば、竹取物語だが……。
「いや、何でもないんだけど……」
 俺の隣に座っている鈴仙と、羊羹をパクパクと食べ続けているてゐを見る。そういえば、永遠亭は竹林の中にある。カグヤ姫、ね。月に帰ったお姫様。……それで兎なのかな。まぁいいや。お茶をいただこう。
 湯飲みに入っていたお茶を一口飲む。緑茶とか久しぶりに飲むなぁ……。
 一息ついたところで、アリスの後ろに浮いていたシャンと目が合った。心の中で「おいでー」と呼んでみる。
 すると本当にこちらへふわふわと飛んできた。そのまま俺の上まで移動して、頭の上に着地する。
「おっと」
 落ちないように手で支える。それからしばらく頭の上でゴソゴソとしていたが、据わりの良い体勢を見つけたのか、静かになった。
 アリスの方を見ると、我関せずとお茶を飲んでいる。
 ……うーむ。
 まぁいいか。と、お茶請けとして出されている羊羹を一口いただく。和菓子独特の甘みが口の中に広がる。またお茶を一口。
「はぁー。落ち着くなー」
「本当ね。温かいお茶はやっぱりいいわねー」
 輝夜が顎を出し、ぐてーっと机の上に体を倒す。……どんどん最初の印象が壊れて行くな、この人。こっちのほうが親しみやすいけど。
「姫様、行儀が悪いですよ。お客様もいるのに」
 永琳さんが注意するが、輝夜は聞く気があまりないようだ。その様子を見て思わず笑ってしまう。
「私を笑うなんて失礼ね。外来人風情が」
 輝夜が唇を尖らせる。言葉は偉そうというか、尊大だが、言い方や表情は完全にリラックスしていて、微笑すら浮かんでいる。なのでこちらとしては苦笑するしかない。
「悪いね。なんか、見た目とのギャップが、さ」
「……どんな風に見えてたわけ?」
 興味深そうに聞いてくる。そんな風に聞かれるとちょっと困るが……
「お姫様って呼ばれるのも分かるくらいに気品のある美女。でも、見た目がこれ以上ない大和撫子だから、もっとお淑やかなイメージだったかな」
「ふぅん。やっぱり男は皆お淑やかな女が好きなのねぇ」
 恥ずかしいくらいに持ち上げてみたのに、照れもしないでそんな事を言ってくる。いやはや。
「そんなことはないと思うけどね。もし輝夜がそんなにお淑やかな性格してたら、気を使ってこんなに気楽に話せなかっただろうしなぁ。だからむしろ好印象なんだけど」
「あら嬉しい。えーりんえーりん、私の魅力に負けた男がここにまた一人現れたわよ」
「それはどうでもいいので、もう少し御淑やかになってほしいですね、私は」
「むぅ」
 輝夜が小さく唸りながら、切り分けた羊羹を口に運ぶ。食べるときに口元が隠れるように手を添えている所作はまったく違和感なく馴染んでいる。行動の端々に上品な行動が入る辺り、実際、育ちはいいんだろうなぁ、という気はする。なんともアンバランスな印象だ。
「そういえば直葉」
「何ですか?」
「あなた外来人らしいけど、こっちに来てから長いの?」
 輝夜が好奇心に満ちた目で聞いてくる。
「えーと、怪我で二日寝てたはずだから……5日目、かな」
 二日目は体調不良でずっと寝ていたし、最初の日はこちらで気が付いたときにはすでに夕方だった。それを考えると、まともに一日すごした事すらまだないのか。
「ならまだまだ慣れないでしょう。そっちの世界とは大分違うだろうし」
「そうだねぇ。驚く事ばっかりだよ」
「幻想郷に来てしまった原因は分かるんですか?」
 この問いかけは鈴仙だ。それにしても、鈴仙と並んでいると、二人とも制服を着ているせいか、コスプレをしているような気分がしてしまう。数年前まで普通に制服に袖を通してはいた身ではあるが、俺が通っているところは学ランだったからなぁ。
「えっと。八雲紫さんって妖怪に連れて来られたみたいだね」
「……それは、ご愁傷様」
 永琳さんが本当に同情するような目を向けてくる。鈴仙や輝夜も同じようなものだった。てゐは関係ないといったばかりにお茶を飲んでいたが。しかし、本当に普段何してればこんな印象になるんだろう、紫さん。
「そんな嫌われてるんですか」
「嫌うというか、なんというか……迷惑な事は確かね」
「まぁ、そのときに湖に落ちて気を失うし、そのせいで体調崩すし、俺も確かに散々な目にはあってますが……」
「よく生きてましたね」
 鈴仙が多少棘のある口調で言う。……なんとなく「死ねばよかったのに」と言っているように聞こえるんだが。
「まぁ、アリスのおかげだね。気を失ってるのを運んでくれたのもアリスだし、体調を崩しているときの看病もしてくれたし」
「……別にあれくらい。気にしなくていいわ」
 この場にいる皆の視線が集中しているのに気づいたのか、居心地悪そうにアリスが言った。
 …………やっぱり。
「まぁ、あのスキマ妖怪も何考えてるのか分からないからねー」
 輝夜がはーっとため息をつく。
「そういえば昔、月に攻め込んできた事もあったわねぇ」
「姫様」
「別に話しても問題ないでしょ。この子達なら」
 永琳さんが少し咎めるような視線を向けたが、輝夜は気にしていないようだ。
「月?」
「私たちは元々は月の住人なのよ。で、いつかは忘れたんだけど、八雲紫が幻想郷の妖怪を引き連れて月に攻め込んだ事があったのよね」
 月の住人か。やっぱりカグヤ姫って事なんだろうな。
「その時はどうなったんだ?」
「返り討ち」
 あらら。
「でも、あれだって攻めてきた正確な理由が分からないのよね。なんか本気じゃなかったような気もするし。正直、何がしたいのかよく分からないっていうのはあるわ」
「確かに考えは読めないかな。でも、悪い奴じゃない気がするんだよなぁ……」
「直葉……あなた、それ妖気に当てられただけだと思う」
 輝夜が呆れた顔をしている。
「あ、やっぱりこんな風に思うのって、それが原因なんだ?」
 自分でもそれは考えたが、本当にそれが理由だったか。
「多分ね。女の妖怪には男を惑わす力を持っている者も多いし、アイツも大概年季が入ってる妖怪だから。力も強いしね」
「うーむ」
 そう言われれば、まぁ納得なのだが。少し反論したくなる気持ちもある。まぁ、それこそが本当に影響を受けている証拠なのかもしれない。
 少し釈然としない気持ちのまま羊羹を食べようとして、皿の上が空なのに気が付いた。……あれ? まだ残っていたような気がしたんだけど。
 隣を見ると、鈴仙はすでに食べ終わってお茶を飲んでいる。流石に縁側のときほど張り詰めた空気は纏っていない。ずっとあの調子だと疲れるので、それはありがたい。てゐの方を見てみると、まだチマチマと羊羹をパクついていた。
 …………まぁ、いいけどね。
 てゐの頭にぽんっと手を置く。
「?」
 てゐがこちらを見るが、気にせずそのまま頭をわしゃわしゃと撫で付ける。
 ……あ、やっぱり付け耳じゃないんだ。
 気になったので耳の付け根を触ってみると、それが分かった。やっぱり兎の妖怪かなにかなのだろう。
「……」
 てゐが鬱陶しそうな顔をし始めたので頭から手を離す。てゐはしばらくこちらを見ていたが、特に何も言わなかった。
「お茶のお代わりはいかがですか?」
「あ、お願いします」
 空になっていた湯飲みに気づいたのか、永琳さんがお茶を注いでくれる。それを一口飲んで、息をつく。
「やっぱり、平和だなぁ……」
「死にかけてたくせに」
「……」
 輝夜の言葉はとりあえず無視しておく事にした。



 夜。
 まだ完全には乾いてない髪の毛を風にさらしながら部屋へと戻る途中。
 やはりというか、山菜等がメインの夕食を頂いたあと、ありがたいことに風呂に入る事もできた。これまた立派な檜風呂だった。
「久しぶりに湯船に浸かったなー」
 一人暮らしをはじめてからはバスタブに湯を張る事なんてなかったし、アリスの所に居たときもシャワーしかなかったからだ。
 それにしても。
 顔を上げ、空を見上げる。満天の星空だ。辺りに明かりなんてないせいだろう、星が本当に良く見える。アリスに受けた説明によると、幻想郷は地理的には日本のどこかにあるらしいので(極東の島国とか言っていたので多分そうだろう)、見えている星空の配置なんかは見慣れたものなんだと思う。しかし、ここまで綺麗な星空を見た事がないので、とても新鮮な気分だ。
 本当なら夜空を眺めながらボーっとするのもよいのだろうが、この気温では湯冷めしてしまう。だから、部屋に着くまで、歩きながらの星空観賞だった。
「ん?」
 俺が向かう先、ちょうど俺に与えられた部屋の前辺りに、アリスが腰掛けて何かをしているのが見えた。魔法で明かりを作っているのか、辺りの闇からアリスだけが浮かび上がっているように見える。……結構ホラーだな、この光景。
「アリス。何してるんだ、こんなところで」
 近寄って声をかける。どうやらアリスが座っていたのは、俺の部屋の前というわけではなく、アリスの部屋の前だったようだ。
 ちなみに、俺とアリスに割り当てられた部屋は隣り同士である。襖一枚はさんだだけの。…………いや、最初は永琳さんが笑いながら「布団は並べて敷きましょうか? それとも一組でいいかしら?」とか言っていた。流石にそれは二人で黙殺したのだが、お世話になる身ではあるので、あまり文句は言えなかったのだ。
「色々あって人形が少し痛んでたのよ」
 手元を覗き込むと、確かに裁縫道具を持ったアリスが針でチクチクとやっていた。やっぱり、使っている糸とかにも魔力が籠もっていたりするんだろうか。
「シャン……じゃないな。俺が見たことある子? それ」
 見た目はシャンと同じだが、何かが違う。それが何か、といわれたらちょっと困るが、別だということは分かった。
「家で料理してたときに見たことあるかもしれないわね。……それにしても、『シャン』ねぇ」
「もしかして、勝手にそういう愛称とかつけたらまずかった?」
「別に構わないわよ。呪術的な意味を込めて付けた名前でもないでしょう、し」
 繕い終わったのか、プチっと糸を噛み切ると、裁縫道具を仕舞いはじめる。アリスがさっと手を振ると、明かりも消えた。修繕された人形はふわりと浮いて、アリスの頭上に位置取った。
「あなた、シャンにずいぶん気に入られたみたいね」
「……そう、なのか? 俺としては、アリスが気を遣って操っている線も捨て切れなかったんだけど」
「さーて、どうかしら」
「……」
「……」
 まだ部屋に戻る様子が見られなかったので、とりあえず、アリスの隣りに腰を下ろした。……あんまり長居すると体が冷えるな。
「……」
「……」
「……アリス」
「なに?」
「俺、何か気に障るようなことしたか……?」
 二人で黙って座っているわけにもいかないので、気になっていたことを聞いてみることにした。
 どうも、俺がここで目を覚ましてからのアリスの様子は、どこかおかしかったような気がするのだ。ほとんど俺と会話がなかった、のはたまたまだとして、皆でお茶を飲んでいるときも、少し不機嫌そうな様子が見えていた。なんというか他人をあまり寄せ付けない雰囲気みたいなものがあった気がする。
 少し言い方は悪いが、アリスならば内心はどうあれ、もう少し表面上は愛想のよい態度を取ると思うのだ。俺に対する最初の対応とかがそうだったように。
「……いつの間にか呼び捨てなのね」
「え? ……あぁ」
 そういえばそうだ。心の中ではずっとそう呼んでいたが、お世話になっていることもあって『さん』付けしていたのだった。……いつから『さん』が外れたんだろう。
「悪い。嫌なら戻すよ」
「それくらい別に構わないわよ。私も貴方のこと呼び捨てにしてるんだし」
「……じゃあ、『アリス』で」
「……」
「……」
「……ところで直葉」
「ん?」
 もしかして最初の質問は、はぐらかされたかな、とか考えていると、アリスが話を振ってきた。
「何で私を庇ったの?」
「何でって……」
 この脇腹の傷を負ったときのことだろうか。手を当ててみるが、もうすでに傷の痛みもまったくない。永琳さんの新薬とやら恐るべし。
「あの状況だったら誰でもそうする気がするんだけど」
「余計なお世話ね」
「……」
 予想外に強い口調だったので、何も反応できなかった。
「貴方がどう思ってるかは知らないけど、私は幻想郷の住人で魔法使いなのよ。ああいうことにだって慣れてるし、対応する事だってできる。けど、貴方は違うでしょう?」
「……」
「勝手にこっちを助けたと思って自分が死に掛けてるなんて、滑稽以外の何者でもないわ。貴方はいいかもね、『助けることができた』なんて自己満足に浸れるかもしれないから。でも、もしあれで貴方が死んでたりしたら、私のせいで貴方が無駄死にするって事よ。そんな事になってたら、私はどうすればいいわけ?」
「……ごめん」
「……はぁ」
 らしくもなく、一気にまくし立てるアリスに、俺は謝る事しかできなかった。
 アリスも言葉をぶつけて多少落ち着いたのか、苦い顔をする。
「……いえ。私もちょっと言いすぎね。ごめんなさい」
「いや、多分こっちが一方的に悪い。アリスに心配かけたことは否定できないし」
「貴方ね。心配とかそういうことじゃなくて……」
 はぁ、と頭を押さえてため息をつく。
「まぁ、いいわ。とにかく、あまり無理はしないでっていうのが私の希望」
「了解」
 俺は素直に返事をする。とは言っても、実際もう一度同じ場面になったらやっぱり同じ事するだろうけど。
「……ホントに?」
 アリスがジト目でこちらを見ていた。なかなか鋭い。
「努力はするよ」
「……まったく」
 浮いていた人形が俺の頭をペシン、と軽くはたく。本当、どうやって動かしているんだろうか。
「それより、もう部屋に入ろう。だんだん寒くなってきた」
 そう言って軽く肩を震わせる。いい加減身体も冷えてきたから早く布団にでも入ったほうがいいかもしれない。
「……はぁ。そうね」
 アリスが深くため息をついて立ち上がる。
「……それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ、アリス」
 就寝の挨拶をした後、それぞれの部屋に入る。
 部屋にはすでに布団が敷いてある。永琳さんに頼まれていたので、鈴仙がやってくれたのだと思う。お世話になるのだから、明日からは自分でやったほうがいいな。何か手伝える事も色々聞いていったほうがいいかもしれない。
 布団の中に入り、目を閉じる。なんとなく先ほどのアリスとのやり取りを思い返す。
 そしてポツリと言葉を漏れた。

「やっぱり、アリスの様子がおかしかった気がするんだよなぁ……」





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 第6話です。

 輝夜さんは、相手が親しみやすい態度を選んできっちりこなしてそうなイメージがあります。何故か。

 てゆーか輝夜はニートじゃないんだ、ただ単に働く必要がないだけなんだ。むしろ永琳に止められて口を尖らせて拗ねてるようなイメージなんだ。









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