『幻想入り(予定)シナリオテキスト』


 第5話







 懐かしい夢を見ている。
 冬なのか、俺は炬燵に両足を突っ込み、机にノートを広げていた。おそらく冬休みの宿題をやっている。
 小学生、高学年の頃の記憶だな。この頃の事は、よく覚えている。
 俺の向かいには、一人の少女が座っていた。炬燵机の上の籠に山積みにされているミカンを一つ取り、右手の中でくるくると回してもてあそんでいる。
 俺とは年が3つ離れていたから、この時は中学生だったはずだ。肩辺りまである髪の毛は癖毛なのか少しウェーブがかかっている。左手で頬杖を付いたまま、切れ長な目が俺のほうを見守っていた。そのうちに、「あ」と彼女が声を上げる。
 どうやら俺のやっている宿題に間違いを見つけたようで、それを指摘する。指摘したあとは、簡単な解説を付け加え、自分でもう一度やってみるように、と促した。
 そういえば、よく勉強を見てもらっていたな。
 何となくそんな事を思い出す。この頃は、こうやって向かい合ってまったりと過ごすのも、なんでもない当たり前の光景だった。それが当たり前ではなくなったのはいつだったか。
 ……もちろん覚えている。今でも忘れるわけはない。自分が、その光景から逃げたのだから。
 夢はまだ続いている。彼女は、まれにアドバイスをくれる以外は特に何をするでもなく俺のほうを見ている。その瞳は優しい色を湛えている。それはきっと、自分の思い過ごしや妄想などではなく、事実だったのだろうと思う。




 目を開ける。
 天井が目に入る。俺の部屋の天井ではない。……アリスの家の天井でもない。まだ意識がはっきりと覚醒していないのか、頭が回らない。
 そのままボーっとしていると視界の中に人の顔が入ってきた。
「ねえさ……」
 言いかけて、気が付いた。
「アリス……?」
「やっと起きたわね」
 身体を起す。あたりを見渡すと見たことのない部屋だった。純粋な日本家屋の一室、とでも言うのだろうか。畳張りの床に敷かれた布団に、俺は寝かされていたようだ。襖と障子によって区切られている一室。部屋の片隅には掛け軸もかかっている。
「意識はしっかりしてる? 状況は理解できるかしら?」
 そう問いかけてきたアリスの顔を見る。
「ああ……」
 そうか。金髪だし、瞳の色も違うから、あまり意識して見てはいなかったが、確かに顔立ち、特に目元なんかは似ているかもしれなかった。あとは、雰囲気というか、仕草だろうか。
 懐かしい夢を見ていたのもあって、先ほど間違えそうになってしまったのだろう。まったく、こんな所にいるはずがないのに。
「もしかしてまだ調子が悪い?」
 黙っている俺を疑問に思ったのかアリスが聞いてきた。
「ああ、いや。大丈夫。……俺、良く生きてたな」
 意識を失う前のことは思い出せる。かなりの重傷だったように思うのだが。布団をめくり脇腹を見てみると包帯が巻かれていた。触ってみると、僅かに痛む。
「まだ完全には塞がってないと思うから触らないほうがいいわよ」
 ……いや、そんなレベルの話じゃなかったような気がするんだが。
「お礼を言う内容が増えたわね。何かお返ししたほうがいいかもしれないわよ、これは」
 首をかしげる俺を見て、何を考えているのか分かったのか、アリスがそんな事を言った。
「という事は、この怪我を治療してくれた人って」
 そう俺がいいかけたとき、襖が開いた。
「目が覚めたみたいね」
 言いながら、一人女性が部屋に入ってくる。背の高い、目を惹く美人だった。輝くような銀色の髪をしている。瞳の色も色素が薄く、青味のかかった色をしている。銀色の髪は三つ編みにされ、体の前に回されていた。
 それにしても、こんなに綺麗な色なのか。新しく現れた女性の髪を見ていて思う。銀髪だのプラチナブロンドだのというのは話には聴いたことがあるが、白髪と大して違いはないと思っていたのだが。……いや、ここは幻想郷なのだから、現実世界の法則は当てはまらないのかもしれないのか。
「何を見惚れてるのよ」
 ボーっとしていたのか、アリスに小突かれた。確かに、挨拶もせずに観察するように見続けるのは失礼だったか。
「あの」
「ん?」
 俺の声に女性が首をかしげる。
「この傷を治療してくれたんですよね。ありがとうございました。お陰で何とか死なずにすんだみたいです。あと、解熱の薬も譲っていただけたそうで、そのお礼も、と」
「あぁ、そんなに気にする事でもないわよ。薬だってそんな高価なものじゃないですし。その傷の治療だって、あんなふうに頼まれたら、ね?」
「……」
 そう言ってアリスの方を見たが、当のアリスはこちらから顔を逸らしているため、表情が分からない。何か特別なやり取りがあったのだろうか?
 アリスが反応を示さないのを見てクスクスと笑ってから、こちらを振り向いた。
「私の名前は八意永琳。貴方は?」
「直葉です」
「そう。直葉さん、あなた、アリスさんにも感謝しておいたほうがいいわよ」
「え?」
「ここにあなたを運んできた事もそうだけど、多分、彼女が治療を手伝ってくれなかったら、きっと貴方は助からなかったでしょうしね」
「はぁ……」
 治療を手伝う?
「結構危なかったのよ、あなた。すぐに手術の準備はしたけれどね。元々、私は薬剤師。医者としてのスキルは持っているけど、外科手術なんかの経験は豊富ではないから」
「…………」
「でね、人手も足りないし、アリスさんに助手として手伝ってもらったのよ」
 ここでまたチラリとアリスの方を見た。
「凄い活躍だったわよ。1人で3人分は働いたんじゃないかしら。彼女の器用さに救われたわね」
「……アリス」
 俺が呼びかけるとようやく、不機嫌そうな表情をしたアリスがこちらに顔を向けた。
「…………なによ」
「いや……ありがとう」
「お礼を言われるほどの事はしていないわ」
 アリスはそっけなくそう言い、えらく不機嫌な様子なまま、部屋から出て行ってしまった。
「怒らせちゃったかしらね」
 永琳さんがそう言って軽く舌を出す。……見掛けに反してお茶目な人だな。
「いや、今のはどちらかというと俺が悪いんだと思いますよ。面倒かけちゃいましたし」
 或いは……
「へぇ。ところで、傷のほうは平気かしら?」
 言われて体の調子を改めて確かめる。脇腹の傷が多少違和感を覚えるくらいで、他は特に支障はないようだった。枕元に置かれていた俺の腕時計を手に取り、はめる。確認すると、俺が気を失ってから丸二日はたっているようだった。
「痛みもそんなにないですし、大丈夫だと思います。……それにしても」
「ん?」
「結構深い傷だったように思うんですが、二日でこんなに良くなるものなんですか」
 ここは幻想郷なのだから、現実界とはまた違った医療技術があってもおかしくはないが、疑問に思うのは当然だった。
「そうねぇ……貴方、外来人でしょう?」
「ええ」
「おそらく、輸血、傷の縫合などまでは外の世界と大差ないでしょうね。違うのはその後ちょっとした新薬を使わせてもらった所くらいじゃないかしら」
 ……なにか、今不穏な単語を聞いたような。永琳さんの顔を窺うと、ニコニコと笑顔でこちらを見ていた。
「新薬、ですか」
「ええ。まだ試薬品だったのだけど、あの状況で助けるには、残念ながらそれしか思いつかなかったのよ」
「なるほど」
 なら、仕方がない……かな。
「でね、もう少ししたら動けるようになるとは思うんだけど、副作用の心配もあるから、できれば家にしばらく滞在してもらって、経過を見たいんだけど、構わないかしら」
「あぁ、ええ。それくらいなら。むしろこちらはお礼を言わないといけない立場ですから」
「そう? ありがとう。経過の確認もさせてもらえるなら、治療や滞在に関する費用も気にしなくていいわよ。こちらの落ち度でもありますからね」
 まぁ、助けられて文句を言える立場ではない。が。
「一応聞いておきますけど」
「何かしら?」
「予想されてる副作用って、恐ろしいものじゃないですよね?」
 俺の言葉を聞いて、永琳さんは軽く笑う。……いや、そんな反応をされると逆に少し怖いんだが。
「心配しなくても大丈夫よ。効果は細胞の結合を促すだけのものだし、考えられる副作用は、多少身体がだるくなるくらいだから。経過を見ると言っても、念のため、よ」
「そうですか……」
 それなら心配する必要もあまりないか。
「あ」
 ふと顔を上げると、部屋の片隅にアリスの人形がフヨフヨと浮いている事に気が付いた。確か、上海人形だから『シャンハイ』って呼んでるんだったか。……うーん。
「えーと、『シャン』?」
 呼びかけて手招きしてみると、こちらに近寄ってきてくれた。何となく愛称を付けてみたが、どうやら自分の事だと認識してくれたようだ。目を合わせるだけで逃げられていたのに比べると、大きな進歩である。……まぁ、これもアリスが操っている可能性もあるのだが。
「もしかして、お前も心配してくれたか?」
 ひざの上に抱えて、聞きながら頭を撫でてみる。こんな風に言ったからって反応があるわけではないのだが。
 しばらくそうしていると、シャンは俺の腕から抜け出し、部屋を出いていってしまった。アリスに呼ばれたのだろうか。
「人形とか好きなのかしら?」
「え? ……あ」
 しまった。人がいるのにナチュラルに人形の頭を撫でていた。シャンは人工知能のようなものがあるとはいえ、見た目はただの人形だ。どう考えても人形を愛でる変な男にしか見えていなかっただろう。……事情を知っていてもそうしか見えないかもしれないが。
「ふふっ。貴方たち結構いいコンビかもね」
 赤面している俺を見て、永琳さんは楽しそうに笑う。
「まぁ、とりあえず傷の確認だけさせてね」
 包帯を外し、容態の確認をしてもらっている間、恥ずかしさのあまり何も言えない俺だった。




「平和、だなぁ……」
「…………そうですね」
 永遠亭の縁側である。時刻を確認してみると午後3時。気温は決して高くないが、日差しがとても暖かい。
 傷の痛みも引き、トイレ(厠?)に行った後、部屋に戻る途中、日当たりも良く、気持ちよさそうだったので縁側に腰掛け、身体を休める事にしたのだった。
 自分の身体を見下ろす。白いYシャツとブレザータイプの上着。そして紺色のスラックス。俺が着ていた服はボロボロに破れていたし、血がべっとりと付いていたので処分した。なので、永遠亭にあった服を貰い受けたのだが、永遠亭のような古い日本家屋には似合わない服装だ。しかし……
 チラリ、と隣を見る。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも」
 今、隣では一人の少女が俺と同じように日向ぼっこと洒落込んでいた。
 ほっそりとした身体に、白いブラウスと紺色のブレザーを着込んでいる。下は膝丈のプリーツスカート。黒いニーソックスをはいた足をブラブラと揺らしている。どこからどう見ても女子高生である。……服装だけは。
 髪の毛は腰にまで届く髪の毛はサラサラなストレート。しかしその色は永琳さんと同じようなプラチナブロンド。肌も驚くほどに白い。瞳の色が赤く、全体の白さに比べてその赤さが自己主張している。……俺は初めて見るが、アルビノの人はこういう感じなのだろうか。
「あの?」
 俺がまだ見ているのが気になるのか、少女が首をかしげる。それにあわせて、頭に付いている『ウサギの耳』がひょこりと揺れた。
 彼女の名前は『鈴仙・優曇華院・イナバ』。この永遠亭の住人のうちの一人である。
 俺がここでボーっとしていると、いつの間にか隣に彼女が立っていて「隣、いいですか?」との問いかけと同時に俺の横に陣取ったのだ。まず目に付いたのは、頭についているウサギの耳だった。ボタンのようなものが見えるのでおそらく付け耳だとは思うが、理由が分からないし、彼女の動きにあわせてピクリと動く事もあるので、もしかしたら本当に生えているのかもしれない。……幻想郷ではこういうところの判断が自分の常識では付けられない。不便だ。
 そのあとお互いに簡単な自己紹介はしたが、特に会話はなかった。というか、何を話していいのか分からなかった。
「あぁ、いや。鈴仙……って呼んでいいかな?」
「構いませんよ」
「君の服ってどこで手に入れたのかな。俺が今着てるのもそうなんだけど……」
「これですか? 元は外界から流れ着いたものですよ。デザインが気に入ったので、似たようなものをいくつか仕立ててもらったんです。貴方の着ているのは男物ですけど、私のものとセットで売っていたので。……変な事を聞きますね?」
 鈴仙が胸元のネクタイをつまんでヒラヒラと揺らす。
「変かな。聞いてない? 俺、外来人なんだけど」
「いえ、それは聞いています」
「まぁ、今まで見てきた幻想郷の人たちの服装と比べると違和感があるな、というか、俺たちの世界に馴染みの深いものだったからちょっと気になってさ」
「そうですか」
 俺の説明に鈴仙はあっさりと頷き、視線を前に戻す。それに習って俺も目の前の庭に視線を戻した。
 実は結構居心地が悪い。何か、隣の鈴仙から張り詰めたような空気を感じるのだ。もちろん、俺の勘違いと言うこともありえるのだろうが、どうも落ち着かないのは事実だった。そもそも、どうして鈴仙は何をするでもなく俺の隣に座っているのだろうか。
「あの、さ」
「なんですか?」
 どうにも沈黙に耐え切れず、話しかけてしまっていた。特に話題を考えていたわけでもないので、頭をフル回転させて考える。
「鈴仙も、俺の怪我を治すの手伝ってくれたのか?」
「ええ、そうですね。……あまり役には立ちませんでしたけど」
 そう言って、わずかに沈んだ様子を見せる。
「そっか。ありがとう。おかげで助かったよ」
「私は大した事はしていないですから、お礼も言う必要はないです。お礼は師匠と貴方の連れの人形遣いに言ってはどうですか?」
 師匠……ということは、鈴仙は永琳さんに師事しているのだろうか。
「いや、それでもありがとう。今俺が生きているのは、君が手伝ってくれたから、というのもやっぱりあるだろ?」
「本当に大した事はしていませんから。むしろ足を引っ張っていたくらいです。……応急手当ならともかく、ああいう場に立ったのは初めてだったから」
 そういえば、永琳さんも外科手術なんてする機会はあまりないって言ってたっけ。
「初めてっていうのは、そういうものだと思うけど」
「でも、アリスさんはそんなことなかったですよ」
 あぁ……
「アリスは……面倒くさがったりしなければ、多分、よっぽどの事じゃなければ、なんでもこなせるんじゃないかなぁ」
 料理をするときや、家事をしているのを何度か見たが、人形を使って効率的にすべてを終わらせていく様子を見ていると、何となくそんな気がした。基本的に器用すぎるのだ、アリスは。
 鈴仙がこちらを向いた。おそらく何か反論しようとしているのだろうが、彼女が口を開く前に、こちらの言葉をかぶせた。
「まぁそれでも、ありがとう、だよ」
 口を開いて何か言おうとした状態で、鈴仙が停止した。このまま言い合うのも不毛だし、これでいいだろう。
「そう、ですか」
 そんな風に呟くと、鈴仙はまた顔を正面に戻し、庭を眺め始めた。そしてまた、俺もそれに習う。
 放し飼いにしているのか、庭ではウサギが何羽か走り回っている。……そういえば、どうして兎は『羽』って数えるんだっただろうか。どこかで聞いたような気がするが……。
「師匠も、厄介ごとを抱え込むのが好きで困ります……」
 しばらく二人でボーっと庭先を眺めて、とりとめのないことを考えていると、ポツリと、聞こえるかどうかといった声量で、鈴仙がそんな事を呟いて、溜息をついた。
 そこでようやく、鈴仙がここにいる理由に思い至った。
「……ごめん」
「どうして謝るんですか?」
「とにかく、ごめん」
 いきなり謝罪をしだした俺に、鈴仙が戸惑っているようだが、こちらからは説明はしない。意図に気づいてくれれば良いし、気づいてくれなくてもそれはそれでいい。
「鈴仙は、<ここ>がとても大切なんだな」
「……当然です」
 だから、俺みたいな得体の知れない異分子が入り込むのを良しとしない。師匠らしい永琳さんが滞在を認めていたとしても、自分で判断できるまでは油断しないようにしているのだろう。要するに、監視だ。アリスのほうは……一応顔見知りっぽいしな。幻想郷の住人だし。やはり気を付けるべきは俺なんだろう。
 横に座り、足をフラフラと揺らしている鈴仙を眺める。自分の大切な場所を自分の力で守ろうとするその意思は、悪くないと思った。その矛先が俺を向いているのは少し悲しいところだが、それ以上に、その姿勢は俺にとって好ましいものだった。俺も、自分の家に同じような理由で誰かが入り込んだら、同じようなことをする自覚があったりするからだ。自分のテリトリーに関することは、どうしても判断が厳しくなる。
 俺がじーっと見ていることが気になったのか、鈴仙がこちらに顔を向けた。予期せず見つめあう形になった。
 鈴仙の外見で一番特徴的なのはそのウサギの耳だが、俺が一番気になっていたのは、その瞳だった。赤い、というのは確かに珍しいが、どうも目を惹かれる色だった。そのまま見ていると、吸い込まれそうというか、どこかに落ちていきそうというか、そんな感覚がある。
「あの、どうかしましたか?」
「え、あ、いや、瞳、綺麗だよなって……って、え?」
 我に返った。どうやら自失するほど鈴仙の目を凝視していたらしい。見ると、鈴仙の頬が心なしか赤くなっている。というか、どう考えても不躾だし失礼極まりない。
「……もしかして、分かるんですか?」
「や……は? 分かるって?」
「いえ、思い当たる節がないんなら、それでいいです」
 鈴仙はそんな事を言ってまた視線を戻してしまった。
 今、鈴仙が言ったことを考えてみる。鈴仙は『分かるのか』と言った。俺が瞳の事を話題に出したら聞いてきたのだから、鈴仙の目には何か秘密がある、と言う事だろうか。そういえば、アリスの目でも似た事があったのを思い出す。鈴仙ほどではないが、アリスの瞳にも、俺は視線を引き寄せられているような感じを抱いている。何か理由があるのだろうか。
 幻想郷。ここには現実界では想像上の存在である妖怪やら何やらが、普通に生活をしているらしい。それに、魔法なんてのも存在する。まだ見たことはないが、アリスは「空を飛べば」なんて事も言っていた。俺の常識では考えられないような事が、当然の事としてここでは存在するんだろう。
 瞳に関する怪異、と言えば『魔眼』と言う単語が思い浮かぶ。睨みつけるだけで相手を石にしてしまうメデューサ。視線を合わせた相手の自由を奪う吸血鬼。物の死が見えるという特異体質な退魔師。……ともあれ、鈴仙の目は、何かしらの力を持っているのかもしれない。
 なんとなく、素直に鈴仙に聞いてみようかなと思った。「鈴仙はウサギの妖怪なのか?」なんて事でもいい。こちらを警戒しているのだから、そう簡単に自分の力のことなんて教えてくれないと思うが、それはそれでいい。なんでもいいから、もう少し会話をしてみようと思ったのだ。
「何をしてるの? こんな所に二人で」
 俺が鈴仙に話しかけようとしたとき、後ろから声を掛けられた。

 振り返ったら、とんでもない美人がいた。

 一番最初に目に入るのは風にサラサラと揺れる黒髪だ、烏の濡れ羽色というのだろうか、俺が今まで見てきた黒髪と言うのは本物ではなかったのではないかと思えてしまうほどの艶やかな漆黒。その長さも腰どころかひざ裏くらいまではある。風になびく髪を押さえつけている腕は、磁器のように透き通る白色の肌が袖から覗いている。顔立ちも、小さな頭に、整ったパーツが完璧なバランスで配置されている。背は高くないが、子供っぽいと言う印象は受けない。佇まいが気品のようなものを纏っているからだ。これ以上ない大和撫子。
「姫様」
 鈴仙が立ち上がる。姫……たしかに、お姫様と言われて納得できる容姿だ。永遠亭の家主だろうか。
「どうかしたのですか?」
「茶の準備が出来たので呼びに来ただけよ。そちらの外来人さんも、どう?」
「……」
「直葉?」
 鈴仙が反応しない俺を訝しげに覗き込んでくる。
「貴方の連れも誘っておいたから、心配要らないわよ?」
「あ……あぁ、うん。頂こうかな」
 見た目と違い、思ったよりも砕けた対応で逆に面食らってしまっていた俺は、お姫様の問いに慌てて返事を返す。
 立ち上がり、鈴仙と『姫様』と呼ばれた人物の後を付いて行く。
 二人の後姿を見ながら、何となく考える。アリスや魔理沙、永琳さん、そして、前を行く二人。ついでに言えば八雲紫さん。それぞれの顔を思い浮かべて、自然とこんな考えが浮かんできた。

 幻想郷って、美人が多いのか……?

 素朴な疑問だった。





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 第5話です。ツンデレイセン?

 まぁデレるかどうかはともかく。鈴仙は実際にはツンデレではないでしょうが、なんとなく、安全な自分のテリトリーに入ってくる相手には攻撃的なイメージがあるんですよね。脱走兵だからその辺に過敏なイメージなのでしょうか。

 というか上海人形はここまで目立つようにするつもりなかったのだけど、書いてるうちにこうなった。不思議。









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