『幻想入り(予定)シナリオテキスト』
第4話
「ようやく森を抜けたかー」 頭上から降り注ぐ陽光を手でさえぎりながら、俺は大きく息を吐き伸びをした。 背後には先ほどまで歩いていた魔法の森が広がっている。こんな森の中に家を作っているというのだから、アリスは結構な変わり者だ。それとも、魔理沙の家もここにあるらしいし、魔法使いにはそういう性質があるのだろうか。単純に研究内容を他のやつに見られたくないだけかもしれないが。 「向こうに竹林が見えるでしょ? 目的地はあの中ね」 「確かに見えてはいるけど、結構距離はあるなぁ」 目の前に広がる地平線まで見えている草原。言われてみると確かに竹林のようなものが見える。その手前、少し進んだ右手には大きな湖も見えている。もしかして俺が落ちてきた場所ってここだろうか。背後にある森の樹木は、何かのラインでも引いているように綺麗にこの場所で途切れている。これも何か不可思議な力が働いているのかもしれない。 「永遠亭までは、飛んでけばそんなにかからないんだけどね」 永遠亭とは、今俺たちが目指している目的地の名前だ。遠くに見える竹林の中にあるらしい。 時刻を確認すると、午前10時を過ぎている。正午までに永遠亭へ到着できるだろうか。 「悪い、迷惑かけて」 俺が謝るとアリスは少し呆れたような顔をする。 「ここに残るんなら少しの間面倒を見るって言ったのは私だし、気にしないでいいのよ。確かに意外だったけどね」 何故俺たちが永遠亭を目指しているかと言うと、完全に俺のわがままだったりする。 今日の朝、薬が効いたのか、なんとか体調も戻った俺に対して、約束通りアリスはどうしたいのか聞いてきた。そこで俺は正直に思っていた事を話したのだ。「しばらく幻想郷に滞在してみたい」と。 アリスはそれを聞いて少し目を潜めていたが、こちらを気遣ったのか、特に理由を聞いてくることはなかった。単純に外来人に滞在希望の人が多いから、珍しく思わなかったってだけなのかもしれないけれど。代わりにこんな事を聞かれた。 「幻想郷に滞在するのはよいとして、何かやりたい事はあるのかしら?」 これに対する答えも、実は考えていた。 「昨日どこかから薬を貰ってきてたよね」 「ええ。……事情を話したら格安で譲ってくれたから、代金の事は気にしないでいいわよ。ついでに常備薬も買ってきたんだけど、それもサービスしてもらったし」 「じゃ、その薬を譲ってくれた人のところに行ってみたいかな。お礼もしたいし」 そんなわけで、俺たちは朝日が昇ってしばらくしてから、薬を分けてくれた人物のいる永遠亭を目指して出発したのだ。 隣を歩いているアリスを横目で窺う。何を思っているのか読み取れない無表情でスタスタと歩いている。……何か違和感がある。が、それが形になる前に、アリスの肩の上付近にフワフワと浮いている人形と目が逢った。 俺がそのまま見ていると、焦ったように、ひょいっとアリスの陰に隠れてしまった。 「――――アリスさん」 「何?」 アリスは前を向いたまま聞き返してくる。暇つぶしにもなるし、素直に聞いてみることにした。 「その人形って、アリスさんが操ってるんだよね?」 一昨日、アリスの能力についてチラッと聞いたときにそう言っていた。 「そうよ」 「なんか、そうは見えないというか、まるで生きてるみたいな感じだね」 こう、なんというか、お礼を言ったら照れて隠れたり、さっきみたいにふと目が逢ったら隠れたり、恥ずかしがりな性格の女の子、みたいなイメージだ。今も、アリスの肩越しにチラチラとこちらを窺っている。というか怖がられているとも取れてなんか居たたまれない。 「半自動、みたいな感じだからそう思うんでしょうね」 「……?」 俺が首を傾げていると、アリスがこちらを向いて片手をスッと上げた。そうすると、隠れていた人形が俺とアリスの間にふわりと移動してきた。今度は目が逢っても隠れたりはしない。 「こんな風に、私の意志で自由に操るのが基本なのは確かね。でも、この人形や、一部の人形たちには私が命令を与えていて、魔力を供給する事で、私が意識しないでもある程度は自分で動いたりするのよ」 アリスが上げていた手を下ろす。すると俺の前に浮いていた人形が突然キョロキョロと辺りを見渡し、こちらと目が逢う。 「!!!!」 サッと再びアリスの後ろに隠れてしまった。……いや、だから、なんか微妙に傷つくんだけど。 「なるほど、プログラムを組み込んでおいて、それにしたがって行動してるわけか」 「そういうこと」 魔法だとか言っても、そういう考え方なんかは現実界の人工AIなんかと変わらないのだろう。 「ちなみに、名前とか付いてるの?」 「固体名はないわ。一応このタイプの人形の事は『上海人形』って分類してるから、『シャンハイ』って呼んだりすることはあるけどね」 「名前を付けていない理由とかあるわけ?」 人形の事を大切に扱っているアリスが、名前を付けていないというのも、それはそれで少し変な話かなと思った。 俺の質問に、アリスは僅かに困ったような笑みを浮かべた。 「これは、私の我侭というか、拘りみたいなものなんだけど。ちゃんと、自立型の人形を作れたときに、最初に成功した子に、まず名前を与えてあげたいって思ってるの」 そう言いながら、アリスは俺から隠れていた人形を捕まえ、胸に抱いて頭を撫でる。 人形を見るアリスの視線は慈愛の込められているものだった。まだ目標を達成できたわけではなくとも、自分が作った人形にはやはり愛着があるのだろう。 そのまましばらく、人形は大人しく頭を撫でられていたが、俺がそれを見ているのに気が付いたのか、アリスの腕から抜け出し、再び俺から隠れるようにアリスの後ろへと身を隠してしまった。 「それにしても、シャイな子にしたんだねぇ」 「なによ、文句でもあるの?」 照れたようにアリスが俺から視線を外した。 「いや、文句なんて――」 ――ふと思いついた。 「……もしかして、俺と目が逢うと隠れたりするのって、他の人と多くの情報をやり取りできるほどのプログラムが出来ていないからって理由で、『恥ずかしがりな女の子』みたいな性格設定にしてるからだったり?」 「……よく分かったわね」 アリスが立ち止まり、驚いたようにこちらを振り返った。 「いや、何となくそんな気がしただけなんだけど。俺がそういう性格設定するとしたら、多分そんな理由になると思ったから」 アリスがこちらをじーッと睨んでくる。その視線を受ける形で見詰め合う。……どうしてもアリスの金色の瞳の色には視線が引き寄せられてしまう。相変わらず不思議な色だ。 しばらくこちらを睨んだあと、大きくため息をつくアリス。何なんだろう、いったい。 「確かにその通り。簡単なコミュニケーションくらいは取れるんだけど、複雑な会話とか、行動手順の多い要望とか、条件が複数ある場合に優先順位の判断が付けられない時とか、そういうのを処理しようとすると目を回しちゃうのよね……」 そうなったところを見たことはないが、やっぱりフリーズしてしまうのだろうか。 「まぁ、それでもその設定は成功してるよ。なんか可愛いし。嫌われてるのかなぁって感じがして微妙に落ち込みそうだけど」 それを聞いてアリスが吹きだした。 「ふふっ。この子は私も結構気に入ってるのよ。可愛いって言ってくれるのは嬉しいわ。そんな風にショックを受けてるのはどうかなーと思うけどね?」 アリスはこちらを見てクスクスと笑っている。 「む。仕方ないじゃないか。本当によく出来た動きするんだし。人形って言うのもそんな風に思うのを助けてる。人形って、魂が宿るだとか、勝手に動き出すだとか、そういう話ができやすいくらいだし」 多分、人形だと分かっていても、「人の形をしている」という事実だけで、そこに何かを見てしまうのだ。 顔を半分だけアリスの肩から出して、こちらの様子を窺っている人形に手を振ってみる。驚いたように首を引っ込めてしまった。やっぱりよく出来てるなー。 移動して横から人形を覗き込んでみる。目が逢った瞬間にまた回りこんでアリスの後ろに隠れてしまう。再び俺は移動して覗き込む。またまた隠れる。なんだか面白くなってきてしまったのでもう一度回り込む。やはり目が逢うと隠れる。回り込む。隠れる。 「バターになるわよ……」 アリスの周りを人形とくるくる回っていると、呆れた顔をされてしまった。当然だが。っていうか、こっちにもその絵本あるのか。 「しかし、俺たちの世界でもロボットにそういった人間らしい思考をさせようと色々とやってるけど、魔法でもやっぱり難しいみたいだねぇ」 「そうね。私は完全自立型の人形を作るのを目的としているけど、外界でもそういうのはまだまだ無理そうなの?」 「そうだなぁ。専門じゃないから話半分くらいで聞いてくれるか? 最先端の状況を知っているわけじゃないし」 「ええ。構わないわ」 「まず、そういった人工知能を作り出そうとする場合、大きく分けて二つのアプローチの仕方があるんだけど」 アリスが頷いたのを見て、記憶を掘り起こす。流石に専門的な詳しい内容までは分からないし、聞いたことがあったとしても覚えているわけがない。それでも触りくらいなら何とか思い出せる。 「一つ目は、トップダウン型の知能……その人形みたいに、まず何かしらの命令を複数組み込んで積み重ねているタイプの事だね。どちらかというとこちらの方が最近まで主流だったんだけど、今はこのアプローチだと、完全なものは無理なんじゃないかって言われてる。やっぱり普通に人間みたいに生活させるには、考えるべき条件が多すぎるし、ある命令を実行する場合に、必要な条件を絞り込んだり取捨選択する事ができないんだよね」 「例えば、箱の中のものを取ってくれ、と命令した場合に、普通なら箱を開けて中のものを取り出せばいいだけだけど、その箱に鍵が付いていた場合、どうしたらいいか分からなくなって止まってしまう、とか?」 「その通り」 精度の高い結果を出そうとすると、さまざまな条件を考慮しないといけない。今の例だと『鍵がかかっている』という事実を認識したあと、『鍵を開けるためのキーを探す』という命令も組み込んでおかなければならない。他にも色々な状況が考えられるわけだから、それらをすべて計算しようとするととんでもない情報処理の能力が必要になってくるわけだ。……これをフレーム問題だとかいっただろうか。 アリスは俺の話を聞きながら何かを考え込んでいる。 「で、もう一つ。ボトムアップ型の知能。こっちは『学習型』で、一つ一つの対応を自分で覚えていくタイプ。基本的には俺たちと同じかな。人間の脳みたいな構造をまず作り出して、そこから赤ん坊を育てるみたいに少しずつ学習させていって完成する人工知能」 「そちらだと、なんとかなりそうなの?」 さて、どうだったか。 「うーん。正直、人間の意識や思考の詳しい仕組みも解明できていないし、こっちも先は長いんじゃないかなぁ、と思う。人間と同じくらいの知能を作るとしたら、人間の脳と同じくらいの組織構成を作らないといけないわけだし」 技術の進歩が目ざましいとはいえ、実現するのはいつになる事やら。 「やっぱり外界でも難しい問題なのね」 そう言いながらアリスが『お手上げ』のポーズをとる。 「私もこの人形みたいに、あなたの言うトップダウン型だと、ちょっと厳しいのかなって思ってたりするのよね。かといって、ボトムアップ型もなかなか難しそう。そのへんだと、器を作る段階が重要だから、魔法使いよりも錬金術師とかの方が得意そうね」 俺には「魔法」と「錬金術」の定義の差がよく分からないので何もいえない。イメージ的には物質に大きく依存するのが錬金術、という感じだが。 「それに、それと同じ事をするなら、人の魂をそのまま使ったほうが早いわ。私が目指してるのはそういうものじゃないからやらないけどね」 さすが幻想郷。そういうのもありなのか。怖い話だ。 「まぁ、ボトムアップ型も完成まで途方もない時間がかかるだろうし、トップダウン型とボトムアップ型の組み合わせが一番の近道なんじゃないかなー、と思う。俺たち人間に関しても、実際にはこの二つのタイプの混合だろうし」 俺がそう言うと、アリスが納得したように頷いた。 「組み合わせ、ねぇ……ふぅむ」 「簡単にいえばこんな感じだと思うけど、参考になった?」 「そうね、気分転換にはなったわ。ありがとう」 それはあまり役に立ってないという事じゃないだろうか。まぁ、一人でとはいえ、専門にそれを研究しているわけだから、これくらいのことは当然知ってるんだろう。受け答えから何となくそんな気はしてたけど。 俺の表情からそんな考えを読んだのか、アリスがフォローするように言ってきた。 「そんな顔しないで。お礼を言いたいのは本当よ? だって、こういう話をできる人、私の周りにはいないもの。この事に関して他の人と意見を交わすっていうこと事態が新鮮で楽しいわ」 「いないって……魔理沙は?」 「魔理沙は……動いている人形を見て『凄いな』とか言ってくれるけど、結果だけ見て楽しんでるだけね、内容まで突っ込もうとしないわよ」 興味がないのだろうか。それとも、他人の研究内容には口を出さないようにしているのか。 もしかすると、アリスが俺にこの話をしてくれているのも、俺が外来人で、基本的には蚊帳の外の人間だからかもしれない。 「ちなみに、アリスさんの最終的な目標って、完全自立型の人形を作る事なんだよね?」 「そうよ」 少し気になっていたので聞いてみた。 「その『完全自立型』っていうのは、どこまで求めてるの?」 「それは、人形自身でものを考えて、単独で行動できる――」 そこまで言って、アリスは何かに気づいたように言葉が止まった。 「あなたがそんな風に聞くって事は、そういう事じゃないわよね」 そう、俺が知りたいのはもっと詳しい条件だ。『自分で考えて』『単独で行動できる』とかなら、見ようによってはすでに達成できているわけだし。 考えをまとめるためか、アリスはしばらく黙り込んだ。アリスの後ろに見える人形が、その様子を見ている。表情は人形だから当然変わらないが、アリスのことを興味深そうに観察しているように思えるのが不思議だ。 「そう、ね。自分で考える事に加えて、単独で私達とコミュニケーションを取る事ができ、自意識を持って生活を維持していける事、かしら」 なるほどなぁ。ということは。 「じゃあ今、アリスの後ろに隠れている人形は、自分でものを考えてるとは言えない?」 「私が命令した事に従っているだけだから、考えているわけではないわね」 「トップダウン型のような、命令に従うだけの人工知能では、考えているとは言えないってことかな?」 「そうね、それは機械的に、単純な反応を返しているだけだから」 「だとすると、アリスが完全なボトムアップ型の人工知能を作れたとして、アリスが色々と対処法などを教えた場合、基本的にそれに従うわけだけど、そういう場合も駄目?」 「その場合だと、私がその人工知能に教育はするけれど、その内容を実行するか判断するのは人形自体だわ」 ……ふーむ。アリスの到っている結論が何となく分かった気がした。 「しかし、ボトムアップ型の場合でも、その器となるものはアリスが作り出すわけだけど、それでも人形が自分で判断していると言えるだろうか」 「……難しいわね。でも、今までの経験から判断し、明確な意思を持って行動を取れるとしたら、それは思考していると言って良いと思うわ」 「つまり、自発的な意識や精神活動が必要だと」 「そうね。そう言ってもいいかしら」 やっぱりそうか。ならば。 「なら、精神活動を行っていると判断する方法はどうしよう。チューリングテストでもやろうか?」 「でもそれって、『中国語の部屋』って反論もあるわよね。こちらに流れ着いた外界の書物で読んだ事があるわ」 流石に詳しい。現実界の資料にも手を伸ばしてるのか。 「そうだねぇ、つまり」 「機械が、いくら機械的な作業を積み重ねても、機械である事に変わりはない、と」 アリスが俺の言葉を引き継いだ。だから、俺も当然後に続くであろう内容を繋ぐ。 「けど、ボトムアップ型の人工知能の場合、どうやって『中国語を理解していない』と証明するんだろうね」 「……現状では『証明できない』なのかしら」 アリスがそう言うということは、現実界の理論でもそうだし、幻想郷の魔法に関する分野でも現状では証明できないようだ。 「かなぁ。結局、自分たちがそう納得できるかどうかが重要なのかもね」 「……まとめてみると、『ボトムアップ型の人工知能を、私が納得できるレベルの精神活動が可能になるまで、じっくり育てる』って事になったわね」 それは、アリス自身が辿り着いていた結論なのだろう。実際、その結論が現状では自然だとも思う。 だけど。 「でも、この子達が精神活動をしていない、なんて言いたくはないなー」 そんな事を言いながら、アリスのほうに集中していてこちらから丸見えになっていた人形をひょいと捕まえ、左手を使って人形の身体を覆うようにし、そのまま軽く胸に抱く。先ほどアリスが人形を持っているとき、確かこうやって抱いていた。 突然の事に驚いたのか、人形は手足をジタバタと動かして逃げようとする。が、しばらくすると素直に抱かれたままになった。人形が俺を認めてくれたのか、単純に諦めたのか。それともアリスが気を遣ったのかは分からないが。 「話し合いの結論を、思いっきり否定したわねあなた」 「だって、その方が浪漫があるじゃないか。この人形にも実は心が宿っていて、精神活動を行っているって方が」 空いている右手で人形の頭を撫でてみた。特に反応せずにされるがままになっている。……しかし、傍から見ると人形を胸に抱いて頭を撫でている変な趣味の男にしか見えないな、これじゃ。 「心、ねぇ……」 そう呟き、アリスが空を見上げる。俺は人形の頭を撫でながら言葉を続けた。 「トップダウン型の人工知能だろうと、チューリングテストを突破する事は多分可能だし、さっきの『中国語の部屋』に関してだって、機械的に中国語で返事を書いている部屋の中の人物には、本当に知能がないと言い切れるのかって反論もしたくなるし。そんな曖昧な理由で、知能や心が無いなんて言い切りたくはないな」 逆に言えば、脳内で起こっている化学反応や電気信号の完全な解析が出来ない限り、『知能がある』なんて証明もできるはずがないのだ。 「意識、心、そういった精神活動って、仕組みを解明できるものなのかしら」 俺もアリスと同じように空を仰ぐ。 「こうやって現実に何かしらの反応を示しているんだから、究極的には解明できるものなんだろうけど」 「それが私たちに可能な事なのかどうかは分からない、って?」 「それに、ブラックボックスだからこそ、神聖なものだと感じるし、尊いものだと考えるんだろうしねぇ」 人間が理解できないもの、理由が分からないものを古来から幽霊だなんだと怪異のせいだ、という事にしたり、益をもたらす事であれば神様のおかげだ、と奉ってきたのだろうし。人間の『心』だって、きっと似たようなものだ。理解できないから、『心』という怪異が自分の中に存在していると俺たち人間は考える。……まぁ。ここ、幻想郷には普通に妖怪なんかがいるようだが。 「解明されてしまうと、私たちのような存在さえも、そんな大層な知能なんてなかったと証明されてしまうかもしれないものね」 そういう事、だ。 「考えたくない話だなぁ」 見上げていた視線を戻し、抱いていた人形を離す。人形はそのまま俺とアリスの間に位置取った。今度は目が逢っても隠れる事はなかった。 それにしても、俺もこういう話を誰かと面と向かってやるなんて経験はほとんどないので、新鮮な気分だ。それにアリスはこちらの言いたい事をすぐ察してくれるし、話も分かりやすい。先ほどアリスは「新鮮で楽しい」と言っていたが、それは俺にも言えることのようだった。 「けど」 アリスが目を伏せた。 「どちらにせよ、私はこの子に『心がある』と認めることは出来ない」 「アリスさんはそれでいいんだよ」 俺が何を言いたいのか分からないのか、アリスは目を開いてぽかんとした顔でこちらを見た。 「俺は門外漢だし、好き勝手に自分の都合のいいように解釈してるけど、アリスさんはそれを研究のテーマにしてるんだから、妥協せずに条件を厳しく判断する目はなくしちゃいけないよね」 「まぁ、正論ね」 正論だ。……けど、割り切れないんだろう。今、目の前に浮いている人形が『失敗作』だとか、そんな風に思うのが嫌なのだろう、と思う。 「でもまぁ、この子に関してはアレだね」 だから、宙に浮いたままの人形の頭を撫でてみる。やはりもう隠れたりはしなかった。 「何?」 首を傾げるアリスに、俺は自信満々に言い切った。 「可愛いからすべて良し」 それを聞いたアリスは、半眼になってため息をついた。 「今までの話は何だったのよ」 「んー。暇つぶし?」 まぁ、こんな風に思っている奴が一人でもいると分かれば、アリスの気が少しでも楽になるかな、と思ったのだ。 「まったく、しょうがないわね」 そんな事を言うアリスの顔には、薄い微笑みが浮かんでいた。 だから、アリスの笑みに見惚れていた俺が、それに気づけたのは偶然以外の何物でもなかった。 「アリス!!」 考える間もなく、俺はとっさにアリスを突き飛ばした。 ++++++++++++++ アリスからは死角になっていた方から、何かが飛んできている。確認してみると、先のとがった氷柱のようなものだった。数はざっと確認したところ10本程度。視界の端に、人の形をしたものが見えた気がするが、そんなものを気にしている余裕はなかった。 一番先頭でこちらに飛んできていたものは先ほどまでアリスのいた場所を通過する。残りの氷柱のいくつかの軌道上にアリスがいない事を確かめて、安堵した次の瞬間、俺のほうに向かってきている氷柱があることに気づいた。 思わず心の中で舌打ちをする。アリスを突き飛ばしたのが原因で、体勢が崩れている。回避しようとしても間に合いそうもない。対応策を考えるが、思いつかない。 気が付くと、脅威はもう目前まで迫っていた。 避けられないな。と思った次の瞬間に、俺の脇腹の辺りに衝撃が走った。 ++++++++++++++ 「――――っ」 見ると、長さが30cmほどの氷柱が脇腹から生えている。それを見た瞬間、激しい痛みが襲い掛かってきた。 あまりの痛みに地面へ膝を突く。氷柱が刺さっているところを見ると、血が溢れ出てきているのが分かった。 身体に力が入らず、地面に倒れこむ。 「くっ―――そ」 体の中から、自分の体温が流れ出ていっているのが分かってしまう。こんな怪我は今までに負ったこともないが、それでも理解した。これは、まずい。 「直葉!」 いつの間にかアリスが近くに寄って来ていた。 アリスの様子を確認してみると、怪我はないようだった。大丈夫だとは思っていたが実際に確認できると安心する。 「ちょっと、しっかりしなさいよ!!」 安心したせいか、急激に意識が遠くなってきた。 もしかして俺は死ぬんだろうか。こんな事なら、魔理沙の言う事を聞いてとっとと帰っておくべきだったかなぁ。などと、間抜けな事が頭に浮かんでいるうちに、本格的に目の前が暗くなってきた。 最後に見えたのは、必死な表情でこちらに呼びかけているアリスの顔だった。 あぁ、せっかくさっきまでは笑顔だったのになぁ、と思った瞬間に意識が落ちた。 =================== 第4話です。超展開杉ワロタ。 主人公の知識に関しては、ほぼ私基準。変な間違いがないように調べていることもありますが。一人称だと、地の分でどこまで説明したりするのかを考えないといけないのが不便なところなのですが、こうすれば変に引っかからないので。 |
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