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第一回〜第五回。

3月7日  朝の出来事。

「朝だよー、起きろー」
 突然耳元で響いたその声に、俺は夢の中から引き上げられた。
「そろそろ起きなってば。学校あるんじゃないの?」
 学校はある。確かにそろそろ起きなければいけない時間かもしれない。しかし、この耳元でぐぅわんぐぅわんと鳴っている、フライパンをオタマでぶっ叩いているような音は何なのか。
「やめろ。脳味噌がシェイクになる……」
 半分は芝居で、思いっきりうざったそうな声をあげて目を開けた。
「……あ、起きた?」
 ああ、起きたよ。と、声に出すのは億劫だったので、心の中だけで応えてから体を起こす。
 そして寝ぼけ眼をこすりながら目の前にいる人物に目をやった。
 少したれ気味な目に眼鏡をかけており、長い髪は後ろで纏められている。背丈は女性にしては高い。165以上はあるだろう。しかし残念な事にバスト……いや、胸囲の方は平均以下と思われる。
 ゆったりとしたワンピースに、フリル付きのエプロン姿で手を腰に当てている。その手に持たれているのは、フライパンとオタマ。……本気でそうだったのか。っていうか、フライパンへこんでるんですけど。
「ねぇ、起きたんでしょ。いつまでボーッとしているつもり?」
 言葉とは裏腹に、口調は優しい。しかも微笑みをたたえている。これは朝から良いものを見たかもしれない。
 このまま無視する理由も無いので、こっちも微笑んで返してみた。
「ああ、ごめん。寝ぼけてたんだよ」
「そう。御飯できてるから、早く食べてね」
「それはどうも」
 ベッドから抜け出し、思いっきり伸びをする。ついでに首もバキバキと鳴らしてみる。
「凄い音するね」
「そうだね。いっつもやってるからこんな音するのかな」
「実は首の骨折れてるとか」
「多分死んでるな、それは」
 一端目を閉じて、深呼吸をしてみる。何時の間にか部屋の窓は開けられていて、新鮮な空気が部屋に入り込んできている。台所の方からは食欲をそそる良い匂い。うん、完璧に目が覚めた。
「えーっとさ」
「どうしたの?」
 俺は彼女と目を合わせて、本来ならば朝起きて最初に言わなければ行けなかった言葉を口にした。
「あんた、何でここにいる?」
「え?」
 彼女はすっとぼけたように目を丸くして驚いている。
「何してるんだよ、ここで」
「君を起こしてるんだけど」
「そういう問題じゃなくて」
「どういう問題なの?」
 俺はこめかみを押さえる。
「つまりだ。ここは、俺の家だ。なのに、どうしてあんたがいるんだ」
「えっと、家近いし……」
 彼女はさも当然とでも言うように、何かおかしいかな、などとのたまって首を傾げている。ああ、そうか。きっと天然なんだな。うん、そうに違いない。そういう事にしておこう。
「ちょっと確認する事があるが、いいか?」
「かまわないけど。余り時間かけると遅刻するよ?」
「ここは、俺の家。そして俺は一人暮らし。そしてあんたは俺の通っている高校の担任。ちなみに新任。もちろん一緒に住んでるわけじゃない。ここまでは良いよな」
「いいんだけど、さっきからあんたあんたって、ちょっと失礼じゃないかな。仮にも年上で、君の担任なんだよ?」
 先生は少しむくれたが、俺は無視して続けた。
「次、その手に持っているフライパンとオタマは?」
「え、これ?」
 そう言って先生は左手に持ったフライパンを掲げて、一度カンとオタマで叩いた。割と良い音がする。
「昨日のうちに買っといたの。こういうの一度やってみたかったんだぁ」
「ああ、納得。道理で見た事無いフライパンだなぁ、とか思ったよ」
「さすがに君の奴は使わないよ。傷ついちゃうし」
「へえ、その辺の分別はあるんだ」
「そりゃそうだよ」
「それにしても、脳が揺れて寝覚めが最悪になるから今度からはやめて欲しい」
「そうだね、ちょっと近所迷惑にもなるしね」
 あっはっは。と2人で笑いあう。
 そして笑顔で向かい合ったまま、俺は言った。
「うむ、時に先生よ。家には鍵がかかっていたはずだが、どうやって入ったのかね」
「大家さんに、君の担任ですって言ったら、開けてくれたよ」
 危険だなぁ。早めに引っ越した方が良いのかもしれない。
「合鍵も作ってくれるって言ってたよ」
 ああ、多分「まったくこんな奇麗な先生に尋ねてきてもらってうらやましいぞこのやろう」とか思ってやがるんだなあのオヤジ。
「そういえば、そのエプロンも自前なんだよね」
「うん、ちょっと少女趣味かなって思うけど。似合ってる?」
「似合ってるよ。フリル付きってのはポイント高い」
「ふふ、ありがと」
 ようし、大体状況は理解できた。自分の落ち着き具合がちょっと恐いが。
 ふと時計を見てみると、そろそろ時間がヤバイ。まぁ、担任がここにいるんだから、遅刻って事にはならないだろうが。
 先生も時間の事に気付いたのか、いそいそとエプロンを外し始めた。
「そろそろ行かなきゃいけないね。朝御飯作るのに思ったより時間かかっちゃったからなぁ。食べる時間も無いね」
「とりあえず学校行かないとな」
「そうね。じゃあ、外で待ってるから、早く着替えてきてね」
 ああ、先生。今とんでもない事口にしやがりませんでしたかこのやろう。
「あのー。せんせー」
「どうしたの?」
「私と一緒に登校なさるおつもりですか」
「そうだけど、駄目なの?」
 あー、多分そんな事してクラスの男子生徒辺りに見られたら、俺が流れ作業で始末されるような気がするのでやめていただきたい。
「えっとさ、一つだけ先生に言っておかなければいけない事があるんだ」
「なあに?」
「びっくりするから、できれば今後こういう事はやめて欲しい」
 というか、そもそも最初にこう言っとけば良かった。何を和んでたんだ俺は。先生の『のほほんオーラ』に飲まれちまってたんだな。
「え……迷惑、かな」
 えーっと、先生、何故そんなに悲しそうにな顔をするのですか。
「そっか。君、両親がいなくて、高校に入ってから預けられてた親戚のうちも出ちゃってるし、寂しいだろうなと思ったんだけど……そうだよね、迷惑だよね、こんな事」
 先生。だからその悲しそうに顔を斜め60度くらいに逸らして俯くのは反則です。レッドカードです。むしろ俺が退場してしまいそうです。
「先生」
「あ、ごめん。すぐに出て行くからちょっと待ってね」
「先生。一つ聞きたい事があるんですけど」
 俺は、後ろを向いて外へ向かおうとしている先生を引き止めた。
「何?」
「もしかして、毎日こんな事するつもりだったんですか?」
「そうだけど。でも、いいよ。もうこんな事しないから」
 それを聞いて、俺は呆れたように溜め息をついた。そして土下座するように頭を下げる。
「先生。これからも毎日よろしくお願いします」
「へ?」
「ああ、もう。何を聞いてたんですか、俺は驚くからこういう事は辞めて欲しいって言ったんですよ」
「そうだよ、だから……」
「だから、毎日来てもらえれば驚きません。ですからどうぞよろしくお願いします、と」
 先生は驚いたような顔をして俺を見ていたが、しばらくして納得したように一つ頷いて頭を下げた。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
 顔を上げて、2人で確かめるように笑いあう。
「よし、じゃあせっかく作ってくれたんだから朝御飯食べますか」
「あ、私もまだ朝食べてないからちょっと分けてね」
 先生も悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言った。

 どうやら今日は、遅刻するのが確定したようだった……








============

 えーっと、何これ?

 おかしいな、もっとシュールなオチにするつもりだったのに……




6月28日  学校では性格変わるって事で。


 非常に眠い。
 よく考えると昨日は遅くまで漫画読んでたんだよな。昔に出た漫画をふと読み出すと最後まで止まらないっていうあれだ。今朝はあんな事があったため目が冴えていたが、今更眠気が襲ってきたわけだ。
 いや、別にそんな事が無くても午後一番の授業ってのは胃に血液が集中するし、気温のせいもあって眠くなるものだが。
 教壇を見ると先生がチョークを持って黒板に何やら数式を書き込んでいっている。いつもよりも元気がなさそうに見えるのはおそらく遅刻したのをこっぴどく怒られたからだろうな。俺も遅刻したわけだが、こういう時学生は徳だ。
 眠気が限界に達しようとしているのでとりあえず机に突っ伏す。腕を枕におやすみなさい、だ。
 そう言えば最後に見たあの数式、プラスマイナスが逆だった気がするんだが。まあいいや。




 不意に目が覚めた。何かが首に触れている。と、いうより指で首筋を突っついているような感じだ。
 このままでは眠れないので腕から顔を上げてみる。
 先生がいた。
 ……なんだ、まだ授業中か。
 それを理解した俺は再び腕を枕に夢の世界へ。
「おやすみなさ――っ!!!」
 衝撃で飛び起きた。
「先生。角は痛いです角は」
 生徒に向かってなんて事をするのだろうかこの教師は。滅茶苦茶痛い。まったく、もうちょっと考えて欲しい。角度とか。
 文句を言ってやろうと先生の方を見ると、黒板の方を指差している。そちらの方を見てみると、何やら『問1』という文字の後に式が書き込んである。答えはまだ書かれていない。
 再び先生の方を見ると、黒板を指したままでニコッと笑う。
「……」
 そのまま俺が無言で先生の顔を眺めていると、不思議そうに首を傾げた。
 ああ、そういう事か、なるほど。俺は納得がいったと言うように先生に向かって一つ頷く。
 要するに、
「先生って笑うと可愛いですろぅぁ――!!!」
 今度は角じゃなく表紙が飛んできた。




 黒板の前で悪戦苦闘し何とか問題を解いて席に戻る。そしてその後に先生が解説を始めた。
 俺はその様子を眺めつつふと思う。
 ――まったく、何を考えてるんだろうな、あの先生は。
 突然生徒の家に朝食を作りに押しかけて来るとは、どこかネジの一本でも飛んでるんじゃないのだろうか。しかも、これからもそれを続けると言う。
 正直言うと嬉しい気持ちもあるが、どちらかと言うと戸惑いの方が大きい。本当に明日も来る気だろうか。
 ……考えても仕方がないか。
 俺はとりあえずそう片づける事にした。明日になったら明日の風が吹くのである。
 答えを保留にすると、また眠気が襲ってきた。どうしようもないくらいにまじで眠ぃ。
 見ると黒板の前での解説も終わったようだ。
「――ここでこの式をここに代入して計算すると、答えが出ます。……ここまでで何かありますか?」
 俺は真っ直ぐと手を挙げる。
「ん、何か分からないところでもあった? でも、ここはさっき君が解いたところよ。どうしたの?」
 俺は失礼の無いように欠伸を噛み殺しながら先生に質問をぶつけた。
「冬眠したくなるくらいに眠いんで、寝てもいいですか――ぁっ!!!」
 先生。チョークって投げるためのものじゃないと思います。
「実は、こういう事もあろうかと、たまーに練習してたの。やっぱり実戦でビシッと決まると気持ちいいね」
 俺の眉間に命中したのが嬉しかったのか、先生の声は幾分か弾んでいる。
 チョークのせいだけではない眉間の痛みを押さえつつ、俺は言った。
「何考えてるんだこの天然教師は――って、ちょっと待った! 黒板消しは重量オーバーでノーセンキューですってば!!」
 とりあえず次は何が飛んでくるのか分かったもんじゃないので、起きて授業を受ける事にする。
 首を振って「ふぅ」と吐息を一つ。
 まったく、本当に何を考えているんだろうか、先生は。


 そういえばさっきからクラスの連中が唖然としてこっちを見てる気がするが……どうしたもんだろーね。






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 気に入ってもらえるようならこれぐらいの長さで不定期連載でもしてみますか。

 ※んでもって本当にそうなる事に。




6月30日  天然。

 本日最後の授業が終了するチャイムと同時に、俺は思いっきり伸びをした。
「さて、そろそろ詳細をはいてもらおうか」
 HRが始まるまでダラけようかと思ったら、突然目の前に眼鏡をかけた阿呆がどアップで現れた。
「主人公の攻撃」
「はうっ」
 とりあえず脳天にほんの少しだけ本気風味のチョップをかましておく。眼鏡はオーバーリアクションに仰け反って俺から離れた。
「眼鏡を倒した。1ポイントの経験値を喪失」
「1ポイントはないだろう。スライムよりも少ないぞ」
 いや、喪失の方に突っ込んで欲しかったのだが。
「で、何か用か眼鏡」
「眼鏡な事は否定せんが、名前で呼んで欲しいと懇願してみるぞ」
 懇願されては仕方ないよなー、と頷く。
「で、どうしたんだ眼鏡」
 眼鏡がメガネを外し、天井を見上げて何やら呟く。
「俺は今猛烈に感動している。涙が出そうだ。とりあえず一発殴らせろ」
 顔を戻した時に見えた目が割と本気だったので、まじめに眼鏡の――いや、今はメガネしてないか――話を聞く事にする。
「で、結局何なんだ。幹久」
 まぁ、予想はもちろんついているんだけれども。
 幹久は外したメガネ(実は伊達だったりする)を懐にしまいつつ、表情を崩した。
「分かってるとは思うが、数学の時間のあれはなんだったんだ?」
 あの授業が終わった直後にも何人からか聞かれた質問だ。
「魔が差したってやつだよ」
 当然だが、普段の俺は授業中あのようなふざけた態度は取らない。天然である先生はともかくとして。
 さっきの授業中など、ちらちらとこっちを見たり、教師に見えないように手紙を回してたりした奴もいたが、そこまで話題になるような行動だっただろうか。
「まあ、先生の方はアレだからいいが、それにしても、ちょっとばかし不審だった。お前って先生と仲よかったか?」
「普通だと思うけどな」
 実際、あれは失敗だったと思う。朝の出来事が頭にあったし、寝ぼけていた事もあって素が出たのだ。……先生の雰囲気に流されたのもあるだろうけど。
 その辺の理由は置いておくとしても、朝の出来事は説明できるものではない。というか多分説明したら殺られる。
「言いたくなければ別にいいがね」
 幹久はそう言って自分の席へ戻った。えらく簡単に引き下がるな、と思ったら、教室に先生が入って来るところだった。


 この、一日の最後を飾るHRだが、俺の気分は下がりっぱなしだった。
 数学のあれから、少し時間が経って、クラスの皆さんの認識がある程度かたまってきつつあるらしい。中には親切にもその内容を紙に書いて知らせてくれる奴もいたりする。まぁ、幹久な訳だが。
 その内容を挙げていってみると、俺の気持ちが少しでも分かってもらえると思う。
『お前と先生は只ならぬ関係らしい』
『朝はお前の家に先生が朝食を作りにいくほど仲睦まじいらしい』
『どちらかと言うと、お前が先生にゾッコンのようだ』
『先生の天然オーラにお前が汚染されたに違いない』
『来月にはゴールインするらしいぞ』
 ゴールインて。局部的に正解が入っている辺り、どうしたものかと言うかなんというか。俺としては天然オーラに汚染されるのだけは御免被りたい。
 とりあえずこのクラスの連中の妄想力は、新しい世界すら創造できそうだということはわかった。
 幹久の方を見ると、笑顔で新しい紙を渡してくる。っていうか、そもそもコイツはどうやってこの情報を得ているんだろう。謎だ。
 溜め息をつきつつ、新しい紙に書いてある文字を順に読む。
『先生のファンクラブでは、先生を奪ったお前を暗殺する案が議会に提出されるようだ』
 とても素晴らしいクラスメートを持ったなぁ、俺。嬉しくて嬉し涙じゃない涙が出そうだよ。

 HRもそろそろ終わる。
 とりあえず俺はもう疲れたので帰りたい。帰ってゆっくりと眠りたい。遊びに行こうという口実で誘われる尋問会は断れば良いし、暗殺されるような事が無ければ多分大丈夫だろう。
 先生がHRの終了を告げた。さあ帰ろうとカバンを引っつかむ。
「あ、そうだ」
 先生が教室を出る前にこちらを振り向く。俺の方を見ている。なんとなくいやな予感がするなぁ。
「君にはちょっと個人的に聞きたい事があるので後で私の所まで来てね」
 静まり返った教室を、私の仕事はもう終わりましたよー、とばかりに出て行く先生。
「……」
「……」
 5秒ほど沈黙が支配した後、教室の空気が動き出す。
「おい、お前この後先生と一体何す」
 にじり寄ってきたクラスメートその一をアッパーカットでふっ飛ばして、脱兎のごとく教室から逃げ出しました。


 先生。天然にもほどがあると思います。




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 こんな感じで良いですかね?

 それにしても、こういう一人称は難しい。




7月3日  撤退。

「いったい、何を聞かれるのやら」
 俺は今職員室の前にいる。あのまま逃げ帰っても良かったのだが、それだと先生を放っておく事になってしまうので、律義にも呼びつけに応じたわけだ。
 考えても答えが出るわけじゃないので、とりあえず中に入る事にした。多分、先生の事だからしょうもない事なのだろう。
 失礼します。と声を出しつつドアを開け、先生の机の方へ向かう。
「……で、この惨状は何だ」
 先生の机の上は水浸しになっていた。置いてある書類なんかにも水が染み込んでいて、インクが滲んでいたりする。
 どうしたもんだろー、と思っていると、先生が雑巾片手にやってきた。
「あ、来てくれたんだ。ごめんね、ちょっと花瓶倒しちゃって」
 なるほど。で、何故二つある雑巾のうちの一枚をこちらに差し出してるのでしょうか。
「ほら、ボーッとしてないで手伝って」
「いいですけど、先生」
「つべこべ言わないの」
 はい、と強制的に雑巾を持たされる。……だから、この広さで2人は逆に窮屈な気が。
 仕方ないので先生と肩を並べて机の上を拭いていく。あ、これ昨日やった小テストじゃないか。まだ採点してないし。ほとんど文字が読めなくなってたりするのもあるんだが、どうするつもりだろうか。
「あー! そういうの盗み見るの良くないと思うよ」
 盗み見るも何も、嫌でも目に入るのですが。


 雑巾を洗ってもとの場所に戻してから、再び先生の机の前へ。
「手伝ってくれてありがとね」
「どういたしまして」
 先生の笑顔に俺も微笑みで返す。
「で、いったい俺に何を聞きたいんですか?」
 俺がそう聞くと、先生はきょとんとした顔になって、頭に疑問符を浮かべる。
「……えーっと?」
 オイ。
「いや、教室出る時に何か聞きたい事があるって言ってたでしょ。教室では聞けないような事なんですか?」
「……ああ、そうだったよね。忘れてたわ」
 俺は思わず先生の額にデコピンをかます。べち、という音がした後、上目遣いで次第に涙目になっていく先生。
「いたぁ……」
 うあ、メチャクチャ可愛いかもしれない。
 しかしこのままだとなんか本気で泣き始めそうに感じ、とりあえず謝ろうかと思った所で、辺りの視線を集めている事に気付く。
 つーか、なんかえらく攻撃的な視線を感じるのですが。
『あのガキ。一体何しやがったんだ』
『教師を泣かすとはけしからん奴だ』
 と、如実に目が語っている人多数。しかも全員が男性職員。……男の性ってやつですなー。
 目だけじゃなく、口でも何か言っているのが僅かに聞こえる。
「生活指導室って今空いてたっけ?」
「誰か体育の山崎先生呼んでこい」
 ……よし、逃げよう。
 俺は決断すると同時に先生の腕を掴み椅子から立たせ、可及的速やかに職員室から撤退した。




「いきなり酷いよ」
「えっと、すいませんでした。先生の額がちょうど良い位置にあったもので」
「ねえ、赤くなってない?」
「大丈夫。そんなに強くやったわけじゃないから」
 うー、とまだ唸っている先生をなだめつつ、聞いてみた。
「それで、結局聞きたい事って何です?」
「えっと、明日から君の家に朝御飯作りに行くっていうのは言ったでしょ」
「ええ」
「それで、予備の鍵とか渡してもらえると嬉しいかなー、とか思って」
「普通に呼び鈴鳴らせば良いのでは?」
「んー、でも朝起きるともう御飯出来上がってる方が嬉しいかなと思ったんだけど。余計だったかな?」
 先生。ツボ、押さえてますね。
「んじゃあ、今日の帰りでも家によってくれれば、スペアのキー渡しますよ」
「うん、分かった。合鍵ができるまでは借りとくね」
 あれって本当だったのか。一回ビシッと文句言った方が良いかもしれない。
 それから先生は何かを思いついたような顔になる。
「……そうだ。ついでだから、今日は夕飯も作っちゃおうか」
 それにしても、この会話クラスの奴に聞かれたら、ローテーション組んでボコられそうだなぁ。などと思いつつ、俺は先生に向かってグッと親指を立てた。


 そういえば何かを忘れているような気がするが。まぁ、いいか。



============

 自分でもビックリなペースですね。




7月12日  ナトーウ。

 ふむ、腹が減った。
 俺は帰ってすぐに鞄を床を放り投げ、身体をベッドに横たえていた。
 そのままボーッとしていたのだが、やたらと小腹がすいて困る。
「ふい〜」
 体を起こして冷蔵庫の前へ。開けてみると、食べられるようなものは見事なまでに何も……いや、あった。
「賞味期限を過ぎまくった納豆ってのは、熟して割と美味かもしれんなー。カラシとネギがあればモアベター」
 そう呟いて、見なかった事にしようと冷蔵庫の奥に突っ込んで閉めた。
 まぁ、今日は先生が夕食も作ってくれるといっていたので、多分大丈夫だろう。
 と、思っていると、呼び鈴が鳴った。先生が来たのだろうかと玄関に向かう。
 扉を開ける。
「はいはいー、どなたですかー」
「俺だ。ああ、先に言っておこう。『なんだ眼鏡か』というのは禁止だぞ」
「なんだ、ただの阿呆か」
 扉を閉める。
 さて、これ以上腹を空かせないために先生が来るまで一眠りするか。
 俺がベッドへ戻ろうとすると、リズムを持って呼び鈴の音が連続する。とりあえず、呼び鈴で16ビートは止めていただきたい。
 このままだと五月蝿いので扉を開けた。
「現在、留守にしております。用件のある方は、ガチャン、と扉の閉まった音がしたら胸に敗北感を抱きながらお帰りください」
 ガチャン、とできるかぎり奇麗に音を立てるように扉を閉める。
 よし、これで俺の安眠を妨害するものは何も無い。意気揚々とベッドへ向かう。
「少々酷いじゃないか、この仕打ちは」
 背中にかかる声に後ろを向くと、眼鏡の阿呆が扉を開けて玄関に入ってきていた。
「ちょっとそこで待っていろ、今警察を呼ぶ」
「お前が来いと言ったのに、それはないのではないか。いくら温厚な俺といえど、抉り込むようにグーで殴るよ?」
 携帯電話を取り出して番号を打ち始めたところで、幹久の言葉に「あれ?」と思う。
「俺が呼んだ?」
「その歳で健忘症かね。リベンジがしたいので、今日来てくれと言ったのは、お前だったはずだが」
 ……ああ、たしかにそんな事を言ったような気がする。そういえばコイツとゲームで勝負してコテンパンにやられたんだよな。何か忘れてるなー、と思ってたのはこれだったか。
「HRが終わった後、お前すぐに教室から飛び出ていったからな、声がかけられなかったのだよ」
「いや、今日は駄目になったんだ」
「そうなのか? それは残念だ。できれば先生と何があったか、聞き出したいところだったのだが」
「……何もねーってば」
 しっしっ、と手を振り幹久を追い出そうとする。が、幹久は動こうとしない。
「今何か変な間が無かったかね?」
「ない」
 俺の言葉を聞くと、幹久は残念そうに額に手を当てた。
「お前と俺は、それなりに仲が良いと思っているので忠告しておく。隠し事は良くない」
「いや、だから本当に……」
「出て来ていいですよ」
 幹久が開いたままになっていた扉から外へ、声をかけた。なんだ、と思ったら、ひょい、と扉の端から覗き込む顔が一つ。
 先生だ。
「もうお話は終わった?」
 俺はこれ以上ないくらい奇麗に、膝から床へ崩れ落ちた。




「いや、ここに来る途中に会ったのだよ」
 とりあえずリベンジするべく例のゲームを俺と幹久はやっていた。
 先生は今台所で夕飯を作ってくれている。手伝っても良いのだが、台所は狭いし、先生の「待ってていいよ」との言葉に甘える事にしたのだ。
「それで、これからお前ん家行くって言ったら、『あ、私も今から行くんですよ〜』って言うじゃないか。ビビッたよ、俺は」
 そりゃ、食材の入った買い物袋下げた教師が、自分の友人の家に今から行くと聞いたら普通ビビるだろう。ってか、あの先生は隠そうとは思わなかったのか。
「最初は先生流のジョークかと思ったのだが、本当みたいだったのでな。俺が荷物持つ事にして一緒に来た」
 俺は頭を抱える。
 そんな俺の様子を見て、幹久が大して驚いた風でもなく言う。
「まぁ、何と言うか、驚きだな」
「ああ、俺も先生の思考回路には驚かされっぱなしだ」
「一応、幸せ者め、と言っておく」
「心のこもってない祝福ありがとう」
「まぁ、見つかったのが俺で良かったと思いたまえ。他の奴等だったらお前、流れ作業でたらい回しにされるところだったぞ」
 どういう表現だそれは。と思いつつも、なんとなくビジョンが浮かんだので首を振ってかき消した。
 確かに幸運だったのだろう。コイツは、阿呆だがこういう事を言いふらしたりする奴ではない。
「安心しろ、俺は言いふらしたりしない。そういうわけで……」
 奴ではないが――
「試しに数日間は俺の下僕として働いてみるかね?」
 ふう、と俺は息をつく。
「幹久、お前納豆好きだったよな」
「ああ。なんだ、物で釣る気か?」
「いやいや、単なる感謝の気持ちだよ」

 俺は笑顔で、先生に冷蔵庫の中の納豆の事を教えた。




============

 一日目終了。

 思うのですが、『月は出ているか』の方もこっちも名前無し主人公の一人称なんで、同時進行はあれだなぁ、と思いつつも、向こうも待ってますと言われては書いた方が良いのかなぁ、とか。







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