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第16回〜。

11月12日  記憶の彼方。

 朝、1時間目の授業中。俺はとことん眠かった。
 もちろん前日のゲームやるための徹夜が原因である。普段の俺なら、こういう時には容赦なく寝るのだが、今はそうできない理由があった。ちらりと隣を見る。
「どうかしたのか?」
「いや、何も」
 本日転入してきた、羽澄がいるからだ。さすがに俺も、机を引っ付けて教科書を見せている状態なのに、自分だけ寝るなどという図太い神経は所持していなかった。というか、ただでさえ注目されているだろうから、絶対に教師にバレる。
「眠そうだな。ちゃんと寝ていないのか?」
 あくびを噛み殺しているのを見られたのか、羽澄がそんなことを聞いてきた。
「昨日新作のゲームソフトが出てね。それやってた。このクラスの何人かは同じなんじゃないかな」
 実際幹久も眠そうだったし。
「夜更かしするのは構わないと思うが、実生活に支障が出るのよくないな」
「仰るとおりです」
 そう言ってから、さきほどから催眠術にしか思えない教師の話に耳を傾ける。内容は頭に入ってこない。当然だ、眠すぎる。
 隣を見ると、羽澄は真剣な表情で板書を書き写している。見た目どおり、真面目なのだろう。髪の毛は後ろに垂らしておくと椅子で邪魔になるのか、肩から前に回しているため、うなじが見えていたりする。
「今度はなんだ?」
「いや、授業の進み具合とか、前にいたところに比べてどうなんだ?」
「そうだな。この世界史については、たいして以前と差はない。近代史から習っていく方針だったら、ちょっと困っていたな」
「大抵のところは時代順にやっていくんじゃないか?」
「まあそうだが。他は、国語や英語については進み具合とかはそれほど関係ないからな……。あとの問題は数学くらいだろうか」
「まー、数学は先生がアレだから。聞けば気持ちよく教えてもらえると思うぞ」
「確かに。いい先生だ」
 そう言って羽澄は板書を写す作業に戻った。
 しかし、なんだ。初対面だというのに、割と打ち解けてるな、俺達は。
「それにしても、驚いたよ」
 羽澄がノートを書きながらそんなことを言った。
「ん? 何がだ?」
「このクラスにキミがいる事に。先生から聞いていなかったからな」
 ……む?
「まったく、先生も人が悪い。何かを隠している態度だったが、別に隠すようなことではないじゃないか。そう思わないか?」
 いや、そんな事を言われてもな。
「俺達、前に何処かで会った事あるのか?」
「……」
 羽澄は一瞬きょとん、とした表情をしてから、こちらを睨みつけてきた。
「覚えて、いないのか?」
 顔立ちが整っている分、睨みつけられると結構怖い。俺は記憶を探す。最近の記憶から順番に遡っていく。高校入学時、中学時代。必死で探す。
「……」
 ……やばい、本気でわからない。
 そんな俺の様子を見て、羽澄は溜息をついた。
「覚えていないのはよーく分かった。もういい」
「あー、あの。ゴメ……ン?」
「いや、謝らなくてもいい。言われてみればそうだな。覚えてなくても仕方ないのかもしれないな」
 そんな残念そうな顔して言われても。
「もう少し頑張ったら思い出す、かも?」
「いいさ、無理に思い出さないでも。ただ……」
「ただ?」
「昔のことは、キミが思い出してくれるまで何も話さないことにしたからな。こう見えて、結構ショックだったんだ。こちらは見てすぐ分かったというのに」
「いや、悪い……」
 羽澄が首を振る。
「別にいい。今思えば、先生の態度はこういうことだったのかもしれないな。納得だ」
「先生も関係してるのか?」
 俺のセリフにまたしても驚いたようにこちらを見つめてくる羽澄。
「あー……また地雷踏んだ?」
「いや、なるほどな。覚えていないものは、仕方がないさ」
 俺のセリフに苦笑を見せる。
「質問に対する答えだが、私からは何も言わない。先生もおそらく何も言わないのではないかな。知りたいなら、自分で思い出せ」
 忘れられていたことに対する、ささやかな仕返しだよ。と、羽澄は笑顔で言った。

「おーい、そこ。転入早々仲がいいのは素晴らしいことだが、こっちの話も聞いてくれよー」

 その声にハッとして前を向くと、教師が半笑いでこちらを見つめていた。教室の中へ男子生徒からの殺気が膨れ上がる。
「失礼しました」
「すいませんでした」
 羽澄に続いて謝っておく。
「まーこれからはちゃんと聞いてくれ」
 ……なんか、空気が痛いなぁ。参ったなぁ。
 羽澄のほうを見ると、同じ事を考えていたのか、ひょいっと肩をすくめる。
「まあとにかく、これからよろしくお願いする」
「ああ、こちらこそ。……出来る限り早く思い出すよ」
 俺の言葉に羽澄が少しだけ笑って応え、2人で授業へと戻っていった。



 ============

 羽澄の口調が予想外に難しい……油断してると主人公と被る。

 まーそれはともかく、こんな感じです。




10月29日  過去と今。


「ふー、む……」
 意図せずそんな声が漏れていた。横を歩いていた秋月さんがこちらに顔を向ける。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「そうですか」
 そしてまた前を向く。相変わらず姿勢が良い。歩く事すら様になる。さすがお嬢様。
 今俺達は下校の途中である。その面子は俺と秋月さん、そして羽澄というなんとも珍しい取り合わせだった。
 HRが終わったとたん、羽澄に一緒に帰らないかと誘われたのだ。転入生の性か、色々な人に誘われて忙しそうにしていたが、どうやらそれも落ち着いたようだ。
 そして二人で帰ろうかとしたときに、秋月さんも話しかけてきて、羽澄と一緒に帰ると伝えると「私も一緒に帰ります」と、3人で帰る事になったのだ。
 教室を出るときに3人で纏まって出たもんだから男子生徒からの視線が痛かったが……。相変わらず大げさなクラスだと思う。もう少し大人しくなってほしい。
 右隣に秋月さん、左隣に羽澄という配置のためか、微妙に居心地が悪い。そもそも俺は今まで女の知り合いと言うものが少なかったのだ。今年度に入って先生が家に来たときに始まり、秋月さん、羽澄と今までに比べたら急に増えたためか戸惑う事が実は多い。他人からはそうは見えないらしいが。
 事実、校門を出てからここまで、一つの会話もなかった。秋月さんはどちらかと言うと聞き役だし、羽澄もマイペースなので俺が話題をふったほうがいいのだろうが、何も言えていない。
 そもそもこの三人で下校するのだって初めてなのだ。羽澄が転校してきてから早1週間。色々と話題になった羽澄だが、本人の竹を割ったような性格というか、その独特な性格と喋りのおかげで早くもクラスに溶け込んでいる。
「ところで、羽澄の家ってどの辺り?」
 ようやく何とか話題をひねり出した。そういえば、一度も聞いていなかったのだ。今もいっしょに歩いているんだから方向が違うってことはないのだろうが。
 俺の言葉を聞いて羽澄がある方向を指差す。
「あっちだな。割と君の家に近い」
「え、そうなんだ?」
 ほー。なかなか新鮮な事実。朝の登校中に見かけたこともないから家を出る時間がずれてるのかね。
「あの、羽澄さん」
 秋月さんが微妙な顔をして羽澄に問いかける。
「ん、なんだ?」
「なんで、そんなこと知ってるのですか?」
 ん、そういえば羽澄に俺の家の位置を教えた覚えはない。
「それはだな……」
 羽澄はそこで言葉を切る。
「…………」
 そして俺の方をじーっと見つめてくる。……いや、なんで?
 俺が疑問の声を発しようとした瞬間、羽澄がニヤリと笑う。
「実はコイツのことは気になっていたからな。調べた」
「……へ?」
 な、なんだろう。羽澄の笑いに少し悪意のようなものを感じるのだが。俺が何かしたのだろうか。
「……そう、ですか」
 秋月さんの方は、それっきり興味が尽きたのか再び前を向き姿勢の良い歩き方に戻った。しかし、なんかこう、機嫌が悪そうにも見える。
 居心地が、悪い。何なんだ、いったい。



 それからしばらく歩いた分かれ道。
「それでは、私はここで」
 秋月さんがこれまた丁寧にお辞儀をして去っていく。あれからずっと無言だった事から、機嫌の悪さは直ってないと思われた。
「秋月さん」
 だから俺は声をかけた。秋月さんはその場で立ち止まり振り返る。
「また明日な」
「では、また明日会おう」
 とはいえ、何か特別な事を思いついたわけではない。俺は普通に別れの挨拶をする。それに続いて羽澄も声をかけた。
 なんとなく、俺は軽く手を振る。今までほとんどしたことがない、別れの合図。
「ええ、それでは、また明日」
 俺の様子を見て少し驚いたような表情をしていたが、また丁寧に頭を下げてから今度こそ帰っていく。
「では、私たちも帰ろうか」
「ああ」
 今度は羽澄と2人で歩く。この下校中、羽澄はほとんど言葉を発していない。今回一緒に帰ろうなどと言い出したのは実は羽澄であるのに、だ。何を考えてるんだろう。さっきのニヤリとした笑いもちょっと気になる。
「私はな」
「あ、へ?」
 考え事をしていたせいか変な声を出してしまう。そんなことを気にしてないのか、羽澄が続けた。
「この一週間、君の事を観察していた。その結果がどうなったか知りたいか?」
「……」
 何も言えなかった。
「実の所、君のことが少し憎らしい。腹が立つ、と言い換えてもいい」
「……なんで」
 今度は羽澄が黙った。理由は言いたくないって事か。顔を見ると冗談ではなさそうだ。こんな事言われるとは、ちょっとキツイな。
「今日一緒に帰ろうって誘ったのは、それが言いたかったのか?」
「ああ」
 そう、か。なんか嫌だな、こういうの。何故か心臓が締め付けられたように痛む。
「まぁ」
 そんなことを思っていると羽澄が自嘲めいた笑みを浮かべた。
「八つ当たりのようなものだから、気にしないでもいい」
「って言われても、気になるぜ、その言い方は」
「そうだな。それもわざとだ」
 そんなことを言い、今度は自然に笑った。俺の胸の痛みも少し引く。
「ところで」
 そして、それまでの空気を嫌ったように、羽澄が話題を振ってきた。
「ん?」
「秋月嬢とは仲が良いのだな」
「……えっと。仲、いいのかな?」
「歯切れが悪いのだな」
 なんとも言えない。
「うーん。2年になってから急にしゃべるようになったって感じかな。実は小中学校も同じだったらしい」
 確かに仲はいいのだと思う。秋月さんは割りと誰とでも仲良くしているが、休日に友人と遊んだとか、放課後になって何処かに出かけるだとか、そういうことは皆無の人だ。多分忙しいのだろうが、その例外が俺だったりする。正月には俺の家に来ていたし、休日も先生と連れ立って来る事もある。大抵休日は幹久も一緒なので、4人で適当に過ごす事もあった。
 ただ……なんで俺だけなのかという理由は分からない。少し、思い当たる事もあるのだが、自信過剰もいいところ、そして、それが本当だなんて、信じたくない気持ちがあった。自分でもなんでそんな風に思うのか分からない。
「なるほど。これは、苦労するわけだな……」
 突然思考に没頭し始めた俺を見てか、羽澄が溜息をついた。
「苦労?」
「なんでもないさ」
 そんなことを話していたら羽澄とも別れる場所に来たようだ。
「ではまた明日、学校でな」
「ああ――」
 俺は『またな』と言おうとして、少し迷う。やはり、聞いてみようか。
「なぁ」
「なんだ?」
「俺の事が憎いって言ったのはさ」
「……」
「俺が覚えてないって言う、過去のことが関係してたり、する?」
 実はこれしか理由が思いつかなかったのだ。憎い、と言った割には自然に話してきてくれるし、嫌われているような感じはしない。俺が鈍感すぎる、という可能性を除けば、だが。
「その事については、言わないと決めたからな。ノーコメントだ」
「そか。それじゃ、また明日な」
 羽澄が軽く手を上げ、去っていく。俺も自宅へと向かった。



 自宅に帰ってから、俺は鞄を放り出してベッドへ倒れこんでいた。
「過去、か」
 羽澄のことはやはり記憶にない。だがしかし、心当たりはあったりするのだ。
「多分、あの頃なんだろうな……」
 ここに住むようになってから、独り言が多くなってしょうがない。昔は独りでも、そんな事はなかったのだが。
 その頃のことを思い出そうとすると、心臓がキリキリと痛む。ともあれ、昔のことなんて、どうでもよい。思考を打ち切ろうとする――が。
 先生も、関係してるんだったな。
 少し前の羽澄の言葉から、それは分かる。ただ、先生についても、記憶には残っていない。けど、それで予想がついたこともあったのだ。
「そもそも、一教師が、生徒のところへ突然飯を作りになんて来るわけがないんだよ」
 そうなのだ。先生と親しくなったのは、朝起きたら先生が朝食を用意していたと言う、今になっても冗談にしか思えない出来事がきっかけだ。先生はあの性格だし、一緒にいるのは、まぁ、居心地もよかったので気にしないようにはしていたが、ここに来て理由が予想できてしまったわけだ。
 つまり、『俺のことを昔から知っていて、さらに今の俺の状況を知って、心配して様子を見に来た』と。
「なんだかなー……」
 嬉しくないわけではない。ただ、なんなのだろうか、この胸のモヤモヤした感覚は。
「寝よう」
 なんかどーでも良くなってきた。このまま目を閉じれば、きっといつもの朝だ。先生、明日の朝来るのかな。

 そんなことを思いながら、俺は目を閉じた。


============

 というわけで、ほぼ1年ぶりの『題名不定』でございました。……待ってる人、いる?

 んで、まぁじつはここで一区切りでありまして、いわゆる「シナリオ分岐点」だったりします。

 秋月嬢が出たあたりで方向性が出来上がったのですが、とりあえず先生、秋月、羽澄と、3つ分の話の展開を考えていたのでした。

 で、実際どれでいくのかと考えてみてたのですが、まーどれでもいいのかなー、などと。

 というわけで、希望がある方は掲示板などに書いていただけるとそれが採用されるかもしれません。(今までどおり更新は遅いでしょうが)

 少し言ってしまえば、先生ルートでなければ主人公と先生の名前がまだでてきていない理由が語られません。あんまり大したことではないですが。

 そして、秋月ルートでなければ一つ用意した設定がポシャります。どーでもいいですか、そーですか。

 羽澄は……実はまだ内容が固まってないので、なんとも言えなかったり。当初先生の派生みたいな感じだったのですが、それもどーかと思い。

 まーそんなわけで、希望がある方はどうぞー。







11月13日  。



 神が降りてきた。と言う表現がある。
 それは文字通り神が突然降臨したように突然にやってきて、抑圧されていた力を発揮するように自分ですら驚くような結果を生み出していく。あたかも神が現実をリアルタイムで書き換えていくように。
「む」
 隣に座っている幹久が短く声を発する。これは彼のことをよく知るものにとっては信じがたき事実であり、そのことがよく分かっている俺は僅かな満足感を得る。
 そんなことを頭の片隅で処理しつつも、意識は目の前に展開されている状況へ固定されている。
 俺と幹久が並んで座っている前にはテレビが置いてあり、二人の手にはコントローラーが握られている。そして画面にはめまぐるしく動く2人のキャラクター。
 格闘ゲームである。
 状況は俺の劣勢。幹久の体力はあと3割ほど残っているが、こちらの体力はあと1割程度しかない。クリーンヒットを貰えばジ・エンドだ。
 だがしかし、俺はまったく負ける気がしなかった。
 幹久の操るキャラクターがダッシュし間合いを詰めてくる。
 幹久が使っているキャラクターはカムイという名前だ。設定的に聖騎士団に所属しているため、清浄なイメージを意識した白と青の衣装を身にまとっている。手には細身の西洋剣を持っており、突きを主体とした戦闘スタイルでリーチもある。
 カムイはいわゆる『バランスタイプ』のキャラクターだ。全ての技が使いやすく能力的に突出したものはないものの、どのような状況でも対応できる柔軟さを持っている。
 カムイは僅かな時間で至近距離まで潜り込んだ後、弱攻撃。こちらはそれを防御する。リズムをずらしながら何度か弱攻撃を刻む。
 弱攻撃とは、基本的に隙が少ない攻撃の事を言う。隙が少ない代わりに威力も弱いが、基本的には次につなげるための布石や、近距離における牽制に使われる。
 リズムをずらして何度も繰り出すのは、僅かにあいたその隙間に反撃しようという心理を働かせて、逆にそれを刈り取るためのセオリーであるからだ。
 俺はその刻みに対し、何も手を出さずただ状況に集中する。俺の使っているキャラクターは攻撃の初動が遅いものが多く、手を出すのが危険だからだ。もちろんその状況を切り返すための技もあるが、隙が大きいために読まれると一気にピンチを招いてしまう。
 ちなみに俺の使っているキャラクターはザックという名前だ。バランスタイプのカムイと違い、こちらはいわゆるテクニカルタイプというやつだ。このタイプはある特定の状況に強かったり、基本能力は低いが、特殊な状況を作り出せる技を持っていたり、モーションが特異で相手に見切られにくいというような特徴を持っていることが多い。ザックについては、システム的に戦闘スタイルが複数用意されており、ある特定の技を相手に当てる事によって、その複数のうち一つの戦闘スタイルに移行するという、かなり珍しいキャラだった。
 自分のキャラクターが弱攻撃を何度もガードする状況を俯瞰する。普通は攻撃をガードすればノックバックが発生し、その分相手との距離も開いていくが、この場合は直前にダッシュで近づいてきているためにその慣性が残っていて、それほど距離は離れていない。
 最初の弱攻撃をガードして、約3秒。幹久のほうも、そろそろこちらが動かない事にじれてきただろう。……勝負どころだ。
 この弱攻撃を刻むという行動は、相手が手を出してきたところを刈るというのがメインの理由ではあるのだが、それだけではない。その程度の薄い行動は、セオリーとは呼ばれない。
 『刻み』の真に強い所は、有利な状況を作り出しながら相手の「手を出す気力を薙ぐ」事にある。これは頭で分かっていても、なかなか克服できる事ではない。打破する方法はある、しかし、この状況に陥った時点で不利である事に変わりはないのだ。不利な状況が判断を鈍らせ、プレッシャーが正常な思考を阻害する。
 それでも。
 何度目かの弱攻撃をガードした瞬間、俺は天啓を得た。『ここだ』と勘が告げている。相手の予備動作などを見、考えて判断しているわけではない。それは、今までの経験、自分に染み付いた感覚のみが発する答えだ。
 ここしかない。
 そう思った瞬間には既に手は動いている。操作しようと思うのではない、技を思い浮かべるだけで手は動く。その程度にはやりこんでいる。
  幹久の操るカムイが、10に近い弱攻撃を繰り出したあと突如パターンを変え、こちらにダッシュした。ダッシュの慣性も切れ、多少あきはじめていた距離が再び縮まる。
「よしっ」
 思わず声が漏れる。
 格闘ゲームは、基本的に攻撃をガードしていればほぼ体力は減らない。ガードの上から削られる事はあるが、ほとんどの場合ダメージは微々たるものだ。つまり、格闘ゲームはガードを硬くすれば基本的にダメージを食らわないのだ。
 ただ、そのような状況が長く続くのは、ゲーム的に面白くともなんともない。だから開発者はガードが機能しない、状況を打破させるためのシステムを考案し、取り入れた。
 つまり、投げ技である。
 投げ技にはガードが機能しないとはいえ、弱点はある。投げ技は基本的にはほぼ密着状態でないと発動しない。つまり、危険な距離まで密着する必要があるのだ。
 弱攻撃の『刻み』の真価は投げがあってこそ発揮される。プレッシャーをかけ、反撃する事を放棄した相手に対する最後の審判。それが投げだ。ただでさえネガティブな状況に陥っているところに、投げが決まってしまえば心が乱れる事は必至。それをきっかけに逆転劇が起こる事など日常茶飯事だ。
 だからこそ。勝負所なのだ。
 最後の攻撃から0.5秒にも満たない時間で、ザックとカムイの間が零距離となる。幹久はこのとき勝利を確信していただろう。それほどタイミングは完璧だった。
「なに!?」
 幹久が驚きの声を上げる。それも当然だろう。いま、画面内の時間は止まっている。
 暗転エフェクトだ。
 ある時期から、特定の大技を出そうとするときに入るようになった演出で、大抵のものには無敵時間がついており、コマンドが成立した時点で食らい判定が消失する。要するに、全ての攻撃に対し無敵になるのだ。そこから0.1秒ほどを経てから背景が暗転し、ゲーム内の時間も一瞬止まるという、『一瞬の攻防』を上手く表現する演出だ。
 当然、威力も高い。この場合、カウンターヒットも兼ねているので、補正がかかる。
 暗転が解け、ザックの攻撃が容赦なくカムイに襲い掛かる。すでにカムイに打てる手はない。カムイの体力が一瞬にして0になる。
「よっしゃー!」
 思わず雄叫びを上げていた。今までずっとゲームでは負け越していたのだ。これほど嬉しい事もそうはない。
「く、完敗だ……」
 隣では、幹久ががっくりと肩を落とす。が、すぐに顔を上げる。
「だが、いい勝負だった」
「そうだな」
 遺恨はない。本当にいい勝負が出来たときは、そういうものなのだ。



 勝負を終えた後、幹久と俺はダラダラとテレビ観賞に移っていた。
「しかし、とうとう負けてしまったか」
「まぁ、運かもしれないけどな」
「それでも読み負けていた事に変わりはない」
 幹久は普段は諦めが悪いのに、こういうときはすっきりと負けを認める。この性格は俺も好感を持っていた。言わないが。
「にしても、幹久に会ってから初めてだな。勝ち越すのは」
「そうだな」
 幹久と仲良くなったきっかけは、実は同じ格ゲーをやりこんでいたから、というものだった。ゲームセンターでもほぼ負けがなかった俺にとって幹久の存在は驚きだった。それまで自分より上手い相手と戦ったことがなかった俺は、負けた屈辱を晴らすため、何度も再戦を求め、そして何度も返り討ちにあった。
 何度もまけたが、それはただ嫌なものではなかった。対戦するたびに新たな発見があったし、今までには感じた事がない、ゲームを通した『相手の意思』のようなものが幹久との対戦では感じられたからだ。
 実際、幹久を呼べばこれ以上ない対戦が出来るため、ゲームセンターにはぱったり行かなくなってしまったほどなのだ。まぁ、お金の問題もあったのだが。
「しかし、あの頃のお前に比べたらプレイスタイルも変わったものだね」
「そうか?」
「あの頃のお前は、本当に勝つためだけにゲームをやっていたみたいだったからな。強い行動でごり押しし、相手には何もさせないそんなスタイルだった。今は、駆け引きを楽しむためにやっているという感じだな。その分、前より安定はしていないが、ハマった時が強い」
 幹久に言われて思い出してみる。…………確かに、そうかもしれない。
「懐かしいなあ。幹久と話すようになったのって、中学2年の最後ぐらいだったよな?」
「ああ」
 その頃を思い出す。誰とも関わろうとしなかった頃の事。唯一好きだったといえるゲームにばかり興じていた頃だ。思い出していると、僅かに心臓の痛みを感じた。やはり昔のことを思い出そうとすると痛む。だが、それより以前のことを思い出そうとするよりは、幾分ましなのが分かった。
 やはり、昔の事であればあるほど、この痛みは強い……
「そういえば、その頃のことで思い出したのだが」
「ん?」
 幹久が本当に何でもないことのように切り出した。
「お前と秋月嬢が知り合ったのも、あの頃だったか」
「……は?」
 初耳だ、そんなこと。
 っていやいや、自分の事なのに、初耳だとかおかしいだろ?
「いや、確かに中学は一緒だったみたいだけど、秋月さんと面識が出来たのは高校に入ってからのはずだぞ」
「…………」
 俺の言葉を聞いた幹久は、しばらく考えるような素振りをして首を横に振った。
「そうか。ならそうなのだろう」
「なんか気になるな、その言い方。俺、またなんか忘れてんのかよ。羽澄に続いて、秋月さんもか……」
「いや、羽澄が言っていたという、お前が『覚えていない事』は確かにあるのだろうが、秋月嬢についてはこちらの勘違いだ」
「そうなのか?」
「ああ」
 納得がいったわけではないが、どうも幹久は話したくない様だ。こういう態度をこいつが取るときは、どうやっても情報は聞き出せない。
 まぁ、いいか。
 仕方なくその話題をそこで終わりにして、俺達は再び対戦を始めることにした。
「せっかく勝ち越した事だし、さらに勝ちを伸ばしましょうかね」
「やってみるといい。先ほどの自分とは一味違うぞ?」






 しかし結果は、先ほどの幹久の態度が妙に気になって集中できず、その後は惨敗だった。


============================


 ってわけで秋月さんルート。上杉さんリクエストありがとー。待ってる人が一人でもいるのは心強い。

 しかし、やってみようと思い立ってゲームの描写とかしてみましたが、意外と難しい。分からない人に対して何処まで情報を描写するべきなのかっていうのは判断しづらいですねぇ。

 ともあれ、実は主人公にとって幹久は重要な人物だったりします。あまり活躍はしないでしょうが。

 そんなわけで、続きもまたいつか。




1月27日  記憶。

 『書庫』更新。『題名不定』第19回。

「なぁ」
 セミの鳴く声が聞こえ、嫌になるほど暑い夏。日が当たる場所にじっとしているだけでも汗がにじみ出てくる季節。こんな季節に好き好んで外には居たくないのだが、今は体育の時間である。正直サボってしまいたい気持ちが強いが、サボったらサボったで面倒な事になるのだ。下手をすると授業の時間よりも説教の方が長いなんてことが起きてしまう。一度それを経験していた俺はそのような失敗を繰り返すつもりはなかった。
 しかも、本日はこのクソ暑い中1500m走をする事になっており、俺は先ほど走り終わった所だ。男子と女子は別れて走るので、今は女子が走っている。男子の方は思い思いの場所に散って、雑談中だ。
 隣に座っていた奴が声をかけてきたのはそんなときだ。確か名前は牧とかいったか。正直どうでもいいが。
「なんだよ」
「秋月ってやっぱりいいよな」
「秋月?」
 俺がそう問い返すと、牧は「何を言ってるんだお前は」という顔をして、トラックを走っている1人の女子生徒を指差した。
「いや、だから我らが中学のアイドル、秋月素香さん」
 牧の指が向いている方向を見てみると、長い髪を背中で縛り、綺麗なフォームで走っている女子生徒。トップとは言わないものの先頭軍団には入り込んでおり、一生懸命な表情で走っている。
「で、その秋月がどうかしたのか」
 俺がそう言ったのを聞いて、牧は今度は「お前、大丈夫か?」という顔になった。そしてちょっと興奮した様子で聞いてくる。
「お前、あの姿を見て何も思わないのかっ」
 正直、鬱陶しい。この時点で俺は牧の言葉を聞き流すことに決めた。しかし、あまり露骨な態度をするとやはり面倒な事になりそうなので、思いついたことを言ってみる。
「綺麗なフォームだな」
「だろ? なんつーか、オーラが出てるよな。滅茶苦茶可愛いし、成績もいいしさ。そして、お金持ち。すげーよな」
「そうだな」
 それにしても暑い。今日の最高気温、何℃になるって言ってたかなぁ。
「顔ももちろん可愛いんだが、あの長い髪とか凄く綺麗だよなー」
「確かにな」
 早く授業が終わらないだろうか、と思って時計を見てみると、まだ10分も残っていた。最悪だ。
「なんかもう完璧じゃね? お前もお近づきになりたいとか思うだろ?」
「別に」
 しまった、思わず本音が出てしまった。まずったかなと、牧の方を見ると今度は「お前は本当に男か?」という顔になっていた。思ってることが素直に表情に出る奴だな。
「お前、まさか――」
「なんだよ」
 牧がこちらからズリズリと距離を離す。
「実はホモだったのかっ!」
「はぁ……」
 思わず溜息一つ。どーでもいい。
 俺が何も言わずにいると、牧はそのまま他のクラスメイトの所へ去っていった。変な噂を立てられるかもしれないが、まぁ、すぐ収まるだろう。気にしなければいい話だ。それよりも、ようやく落ち着ける。
 しかし。
「まったくもって」
 体操服の袖で汗をぬぐい、空を見上げる。
 憎たらしいほどの青空だった。セミの声が辺りに響き、日の光がこれでもかというほど肌を焼く。
「…………暑い」
 早く授業終わらないかね……


 トップ集団がゴールした。
 そろそろ授業も終わる時間である。俺はゆっくりと腰を上げ、クラスメイトが固まっている辺りに移動する。
 すると、先ほど1500Mを走りきった生徒の集団がやって来る所だった。
「秋月さん早いねー」
「ほんとだよ、運動部でもないのに2位なんて凄いよね」
 先ほど話題に上がっていた秋月だ。秋月の周囲には4人ほどの男子生徒がいて、それぞれが褒め称えるように話しかけている。
「ありがとうございます。でも、私なんてまだまだですよ」
 秋月はそういってにっこりと微笑む。周りの男たちはそれだけで照れてしまっているのか、秋月の顔をまともに見れていない。
 先ほど牧が秋月の事を「完璧」と言っていた意味は何となく分かった。確かにこれは、完璧だろう。
 そう、完璧だ。
「完璧すぎて、胡散臭いんだけどな」
 あんな風に聖女みたいに振舞って、秋月自身は楽しいのだろうか。もしかすると、ちやほやされる事に喜びを感じる人物なのかもしれない。
 それより気になるのは、何故周りの奴らはあそこまで素直に寄っていけるのだろうか。ああやって微笑んでる裏では、何を考えてるか分かりはしないのに。
 ……やめよう。俺はそこで自分の思考を打ち切った。少し趣味が悪い。
 首を軽く振り、視線を上げると、秋月と目が合った。次の瞬間、秋月が目を逸らす。そしてそのまま方向転換し、俺から離れるように移動していく。金魚の糞のように数人の男子生徒もついていく。
 今のは、明らかにこちらを意識していて、離れていったように見えた。
「嫌われてるのかね、俺」
 まぁ、俺にとってはどーでもいい話なんだが。


 教室の窓側で、前から言うと中間くらい席。そこに座り、俺は下敷きで自分をパタパタと仰いでいた。
 今は昼休みだ。昼食を食べ終えた俺は、次の授業まで多少の時間があるので、身体を休めつつダラダラと過ごしている最中だった。俺はどうやら、窓際の席というのに縁があるらしく、くじ引きなどで席替えをすると高確率で窓際になる。あまり意識はしないが、夏なんかは窓から入ってくる風を一番受ける事が出来るのでありがたかったりもする。
 教室を見渡すと、食堂などに行った生徒も、すでにほとんどの生徒が戻ってきており、次の時間である数学の準備をして待っている生徒が多い。その中で、ひときわ人口密度が高い場所があったので何となく見ていると、すぐに理由に気付いた。
 中心には秋月がいた。
 話題は午前最後の授業で帰ってきた、物理の抜き打ちテストのようだ。ちなみに俺は100点満点中80点。平均点より少し上、と言った所だ。成績などこれくらいでいいのだ。授業さえちゃんと聞いていれば、他に特に勉強しなくても取れる点数だし、教師にもうるさく言われなくて丁度いい。そして、当然のように秋月は高得点を取ったようだ。
 周りの生徒から褒められ、それに穏やかに微笑み返し、嫌味にならない程度に謙遜し、相手を立てるような事も言う。秋月のあの振る舞いは本当に凄い。あれなら人気が出るのも分かる。
 今までは意識して見たことがなかったが、今までも秋月はずっとあの調子だったのだろう。薄情な話だが、名前と顔が一致するかどうかも怪しいくらいにしか認識していなかった彼女は、相当な人気者だったようだ。
 そのまましばらく秋月の事を観察する。
 今までこんな風に彼女のことを見た事はなかったし、秋月の周りにたむろしている男子のようにお近づきになりたいわけでもない。ただ、ほんの少し、気になったのだ。
 秋月の周りには人が集まっている。皆楽しげに笑っているし、秋月もそれが嫌なわけではなさそうだ。これを見るだけなら、秋月はとても人付き合いが良く、出来た性格の娘なのだろうと予想がつく。
 偶然、ここで秋月の目線がこちらに向いた。そして、俺がそちらを眺めていたのに気付くと、目に見えて慌てた様子で視線を逸らした。それに気付いた奴に「どうしたの?」とか聞かれている始末だ。
 気になっているのはここだ。
 秋月はどうやら俺の事を避けているようなのだ。実はあの体育の時間以来、休み時間などに秋月の事を少し見ていたのだが、俺と視線がぶつかったときに、例外なく、不自然なほどに俺から視線を逸らし、距離を置こうとするのだ。これは相当嫌われているんじゃないかと思う。
 簡単に推察してみた秋月の性格と、俺が避けられていると言う事実。これがどうも噛み合わなかった。
 誰にでも分け隔てなく接する秋月が、接点どころか、今までまるで彼女に興味すら持っていなかった俺を避けている。
 俺は、人付き合いと言うのが面倒でしょうがないので、誰かに強く干渉したりしようとしない代わりに、人にもあまり俺に関わらせないようにいつも振舞っている。表面的には自然に勤めているので、誰かに嫌われる事は少ないと思う。もちろん「つまらない奴だな」と皆に感じられているとも思っているが。
 気づかないうちに嫌われるような事でもしてしまったのだろうか。まったく記憶にないのだが。
 そんな風に考え事をしながらボーっと秋月の方を見ていたら、また視線が合った。そして、先ほどまでとまったく同じようにさっと目が逸らされる。
 それを見てから俺は秋月の方を見るのをやめた。興味がなくなったのだ。
 嫌われていると思うと、少し憂鬱にはなるが、あちらが俺を避けてくれるのならば何の問題もない。今まで通りに過ごしていくまでだ。
 それから数分経過して、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。その頃には、もう俺の頭の中から秋月は綺麗にいなくなっていた。


 目が覚めた。
 ゆっくりとベッドから身体を起こす。先ほどまで見ていた夢は、今もきっちりと覚えていた。
 中学校の頃の夢、そして、それは実際にあったことだった。
「秋月さんと、一緒の中学だったんだよなぁ」
 物腰が穏やかで、頭も良く、真面目だった秋月さんは当時から秋月さんは人気があったのだという事を今更ながら思い出した。昨日、幹久が秋月さんの事で、気になる事を言っていたから夢に見たのだろうか。
 それにしても、俺はダメな奴だなと思う。中学が一緒で、しかも同じクラスになった事があるのにまったく覚えていなかったのだ。確かに、あの頃の俺ならば、他人のことを覚えていなくても不思議ではないとは思うのだが、名前も覚えてないと言うのは、ちょっと酷い。
 少しだけ言い訳をするのなら、あの頃の秋月さんはこちらに話しかけてくることなんてなかったし、むしろ俺を避けていたような節すらある。
 そこまで考えて、ふと気になった。
「『物腰が穏やかで』?」
 今、自分が思った事に疑問を持った。秋月さんは確かに頭もいいし人気はある。でも、物腰が穏やかというより、定規のようにキッチリと、キビキビと物事に対応するイメージがある。羽澄が転校してきたときの、教室を静めた一喝など、その象徴だ。身にまとっている雰囲気が違う。それはあの頃と髪形が違うとか、そのような些細な事からくる印象の相違ではないだろう。
 秋月さんも、変わったのかなぁ。……あの頃に比べて、俺が変わったように。
 そんな風に思う。もしそうだとしたら、秋月さんにも、何かきっかけがあったのだろうか。そして、変わったからこそ、嫌っていただろう俺に話しかけようなんて思ったのだろうか。
 俺はゆっくりと伸びをすると、立ち上がってカーテンを開けた。朝日が目に眩しい。
「いい天気だなぁ」
 高校二年になったばかりの頃を思い出す。そう、確かあの頃だ。
 俺は目を閉じて、秋月さんが俺に気軽に話しかけてくるようになった、今年度初めの頃のことを思い出していた。



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 というわけで久々に。

 なんかもう自分でも設定忘れてる所があったり、長文がかけなくなってたりで散々です。本当は次書くところも纏めていく予定だったのですが、取りあえずここまで。

 次もそのうちに。多分。







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