『幻想入り(予定)シナリオテキスト』


 第2話







 現在俺は、そこらかしこに人形が置いてあるリビングにて、テーブルを挟み金髪少女と向き合って座っていた。テーブルの上には紅茶の入ったカップが二つ。少女が用意してくれたものだ。
 とりあえず服を着た俺は、俺が置かれている状況を説明してもらうこととなったのだ。
 左手首にはめている腕時計を確認すると、午後6時。湖に落ちたときにも付けていたのだが、壊れてなくてよかった。 数千円程度の、決して高いものではないが、今の俺が一番大切にしているものだったりする。本当によかった。
 向かい合っている少女は、両肘をテーブルについて指を組み、こちらをじっと見据えたあと、話し出した。
「さて、まず第一に貴方に言っておかなければならないことがあるわ」
 ちょっと仰々しい態度だが、いったい何を言われるのやら。
「まず間違いないと思うのだけど、貴方が今いるここは、今まで貴方が生活をしていた世界ではないわ」
「…………」
 少女が言葉を区切る。なかなか次を切り出さない。こちらを観察するかのように、最初に合わせた目線を逸らさない。
「目を覚ましたときも思ったけれど、落ち着いてるわね。疑問にも思わないの?」
「思うに決まってるよ。けど、信じるとか信じないとかそういうのも含めて、聞いてから判断したいかな」
 分からないことだらけなのだから、まずは情報がほしい。信用できるかどうかは、こちらで適時判断すればいいんだから。
 そう、なるほど。と彼女は一つ息をつき、説明を続けた。
「ここは幻想郷と呼ばれる場所よ。『博麗大結界』と『幻と実体の境界』という二つの結界により、基本的に外の世界から隔離された世界。幻想郷という言葉に聞き覚えは?」
「幻想郷? 実在する固有名詞としては覚えがないかな」
 ……幻のごとき故郷、みたいなニュアンスでなら、漫画とか何かで聞いたことがあるのかもしれないけど。
「なら決定ね。貴方は私たちが『外界』とか単純に『外』とか呼んでいる、別の世界から来た『外来人』と言うことになるわね」
「異邦人、ということか」
「そう言うことになるわ。この幻想郷には『妖怪』と『人間』が暮らしているの。貴方は見たところ何の変哲もない人間だと思うけれど、そちらの世界ではどうだったかしら?」
「妖怪はいないね。想像上の存在としてはメジャーではあるから、どこかに本当に『存在している』可能性はあるかもしれないけど」
「なるほど。……実はこんなことを聞いたのにも理由があってね」
 そう彼女は言ってから少しだけ嫌そうな顔をし、ため息を付いて続けた。
「外の世界からやってくる人物のことを外来人と呼んでいるのだけど、その『外の世界』というのは一つじゃないの。でも、貴方の話から判断すると、外来人としては一番多い世界からやってきたみたいね」
 要するに、普通に妖怪とかがいる世界からも幻想郷に迷い込んでいる人達がいるってことか。
 ますますもって冗談じゃない状況になってきた。何とかこの状況を抜け出す方法を手に入れないといけないだろう。つまりは、帰るにはどうしたらよいか。
「昔から少数ではあるのだけれど、外来人が幻想郷に迷い込むことはあったみたいなの。でもね、最近になって急に外来人の数が跳ね上がったのよ。正直言って、前代未聞なくらいにね」
 つまり。
「さっきの二つの結界のうちどちらか、或いは両方に不具合が起きて、外来人が幻想郷に迷い込みやすい状況になっている、と。そして、俺もその中の一人であるわけか」
 結界に不具合があるのであれば、幻想郷に来ること、言うなれば『幻想入り』することが出来るように、こちらからも脱出することが可能かもしれない。
「話が早くて助かるわ。まぁ、実は外から人を攫って来るような妖怪もいたりするんだけど……」
 ふと、彼女が苦い顔をする。
「貴方、こっちの世界に来る直前のこと思い出せる?」
「え?」
 言われてみてようやくそのことに気が付いた。幻想郷に来た理由が分かれば、元いた場所に帰るヒントになるかもしれないじゃないか。今までそのことに思い到らなかった辺り、俺も結構混乱していたらしい。
「ちょっと待ってくれな。色々と非常識なことが起こりすぎて、記憶も曖昧なんだ。順番に思い出してみる」
 俺がそう言うと、少女は「焦らずどうぞ」と紅茶のカップを持ち上げ、飲み始めた。その姿はとても優雅だが、見ほれている場合ではない。
「んー……あの時は、夕飯を買いに行くためにコンビニに向かっていたはずだ。店に入った記憶は……ないから、その前に何かあったんだな。えーと……」
 指を額に当て、コンビニに向かう途中に見た光景を思い出していく。犬の散歩をしている近所の主婦、道の端を歩いているのにクラクションを鳴らしてきたトラック、楽しそうに話しながら二人乗りで自転車をこいでいく恋人同士。……割と記憶はしっかりしているのか、きちんと思い出せる。
 後は――
「あ」
 思わず声を上げた。それが聞こえたのか、目を閉じてゆっくりと紅茶を味わっていた少女が、続きを、と片目を開け、手のひらを使って促してきた。なんか、こういう仕草が様になる人だな。
「日傘を差した女の子と会った。服装は、色とかは違うけど、君とちょっと似た感じの女の子っぽいやつだった。日本……俺がいた所にはあまりいない金髪だったし、なんか独特の雰囲気だったからはっきりと思い出せる」
 俺がそう言った途端、彼女がピシッと石のように固まった。
 その様子を見て取った俺が、どうしたものかと考えあぐねていると、
「はぁぁああぁ…………」
 少女は、この世の終わりが来たかのような表情で、頭を抱えてため息をついた。何事ですかこれは。
 しばらく何も言えないまま、彼女の様子を見ていると、おもむろに顔を上げ、心底哀れなものを見る目で言い放った。
「そんな予感もしたのだけれど、貴方、あんなのに目を付けられるなんて、本当に運がないわね……」
「え、ちょ、何その言い方。話してみた感じ、そんなに悪い印象のある人じゃなかったよ。まぁ、見た目が珍しかったし、多少怪しい感じはしたけど」
 その人に突然話しかけられて、少し雑談してたのは覚えてる。外国人ぽかったが、流暢な日本語を話していたし、気まぐれで付き合ってあげていたのだ。
「で、突然その日傘の少女が『ねえ、貴方、日々の生活に不満を抱いているでしょう?』なんて事を言い出し…………て」
 ……こんな胡散臭いことを初対面の人物に言い出す人は普通じゃ、ない、よなぁ。
「俺はその辺で、これはまずいかなーと会話を打ち切ろうとして、それで……」
 そうだ、俺は何かの宗教の勧誘かと思って、強引に会話を打ち切ろうとしたんだ。そしたら――


「貴方を、楽しいところに案内してあげましょう――」


「って言葉が聞こえた瞬間、なんか体が軽くなって……湖の上空にいた」
 自分で話しながら顔が真っ青になっているのが分かった。ようするに、その日傘の少女が――
「それが、『八雲紫』というスキマ妖怪。いろんなものの境界を操る、反則級の化け物よ。貴方、攫われたのよ、要するに」
 目の前の少女の同情するような視線が心に突き刺さる。
 つまり、俺はその妖怪によって『神隠し』にあったということなのか。
「その、紫って人……じゃなくて妖怪か。まぁ呼びやすいし違和感あるから人って呼んじゃうけど、その人に事情を聞けば帰してもらえるのかな?」
「無理ね」
 言い切ったなー。
「神出鬼没なうえに、何を考えているか分からない。こちらの要求を突きつけてもはぐらかす、自分に必要なことは道理を曲げて強引にでも貫き通す。……私が八雲紫に抱いている印象よ」
 どれだけ外道なんだ、その八雲紫さんは。まぁ、俺も問答無用で幻想入りさせられているけど。つまり、その紫さんとやらは、何かしらの思惑があって俺をこっちに連れてきた、ということなのだろうか。
「ともかく、彼女に話を聞いてどうにかするっていうのは、期待しない方が良いわ」
「そう、か……」
 それから少女はコホン、と一つ咳払いをした。
「話を戻すわね。とにかく、貴方に確認したいことが後一つだけあるわ」
 少女の声のトーンが下がった。重要な確認事項、か。
「それは?」
「貴方、『元の世界に戻りたい?』」
「え?」

 彼女の質問に、思考が停止した。

「戻りたいのであれば、その当てがあるから、そこに連れて行くくらいはしてあげる。そして、帰る気がないのであれば、どこかで安全な生活を確保するまでの手伝いをしてあげるわ。もちろん、この場合、私の手伝いなんかも何かやってもらうつもりだけどね。交換条件として」
 そんなことを言い、微笑んでくる彼女。しかし、その綺麗な顔に見惚れている余裕すら俺にはなかった。
 俺は、驚いていたのだ。
 彼女の言ったような、「帰らない」という選択肢があったことに。そして、その選択肢をなんでもないみたいに提示してきた彼女に。
 このような事態に巻き込まれ、右も左もわからない、妖怪なんかが闊歩するような滅茶苦茶な世界にやってきて、戻りたいかどうかなんて事を聞いてきたのだ。普通なら答えなんて決まっている。
 先ほどまでは俺だって、兎にも角にも「分からない事だらけのこの現状を打破するにはどうしたらよいか」を考えようとしていたが、それは『元の世界に帰ること』と結びついていた。イコールで結ばれていた。だが、しかし。
「……その様子だと、すぐには決められないみたいね。いいわ、明日まで待ってあげる。それまでに決めておいて」
 黙り込んで考え始めた俺にスッと椅子から立ち上がる。
「少し待ってて。食事の準備をするから。続きは食事をしながらでも」
 そう言って立ち去ろうとする金髪少女。……と、そうだ。
「ちょっと待って! 一つだけ!!」
 部屋から出て行こうとする彼女を呼び止める。
「何、もうどっちにするか決めたの? 焦らなくても良いわよ。それとも夕飯のリクエスト?」
 振り返った彼女の表情は、苦笑。なんとなく、彼女にはこの表情が似合うなぁ、とか、貧乏くじを引いて苦労してそうな人だなぁ、とか、少し失礼な事を考えつつ、彼女に言った。

「君の名前、教えてくれるかな?」

 その時の意表を突かれたような、きょとんとした表情を俺は忘れることが出来ないかもしれなかった。



 命の恩人である金髪少女は『アリス・マーガトロイド』と名乗った。アリス……なんというか、イメージ通りの名前だ。よく似合っている。
 彼女の用意してくれた夕食は、森で取れたキノコを使ったスープや、胡桃のような食感の木の実を使ったパンなどなど、食用の植物を主としたものだった。
「……美味しい」
「そう? ありがとう」
 しれっとこちらの言葉を流したアリスだが、本当に美味い。
 世界が違うということは、食べ物もまったく違うのではないかと、実は結構不安だったのだが、これは本当に美味しい。もちろん、俺がいた世界(面倒なので現実界と呼ぶことにする)とは、まったく違う材料を使っているのだろうが、味に関しては申し分ない。幻想郷に住む人も、現実界の人間も味覚にはあまり違いがないのかもしれない。もちろん、アリスが料理が巧い、という事もあるのだろう。
「食べながらでいいから聞いてくれる?」
 口の中に食べ物が残っていたので無言で頷く。
 俺が料理の味を噛み締めながら確かめているうちに、アリスの方は食べ終わっていたようだ。俺がゆっくり食べているのもあるけど、アリスのほうに盛られていた料理の量が少なかったので、別におかしいことはない。小食なのだろうか。
「改めて自己紹介しておくわね。名前はさっきも言ったけど『アリス・マーガトロイド』。種族は魔法使い。人形を操る程度の能力を持っているわ」
 実は、人形を操る能力については先ほど見せてもらっていた。今食べている料理は、人形たちが運んできたものなのだ。小さな人形がせっせと食器などを運んでくるさまは、不思議な光景だった。手品ではあんなことは出来ないだろうし、『能力』と言われると納得できる、が。
 口の中に残っていたものを急いで飲み込むと、一つ疑問を口にした。
「種族が『魔法使い』?」
 魔法使い。そういうのは普通職業だとか、称号だとか、そういうのではないだろうか。
「確かに、外来人には分からなくても仕方ないけど、ちゃんと定義されているの。種族としての『魔法使い』とは、食事を取らなくても、魔力のみで生命を維持できる術を得た者を指すわ」
 俺は自分の食べている料理に視線を落とし、何となく思ったことを聞いてみる。
「ということは、魔法使いという種族って、普通は、その方法に頼って食事なんかしなくなるのかな?」
「魔法使いにはそういう奴も多いけどね。私は結構こういう習慣って大切にする方だから、食事はいつも取るようにしてるわよ?」
 それは、この料理の美味しさとか見た目の良さとかを見れば何となく分かる。味はもちろんの事、包丁(に類似するもの?)で切ったであろう野菜も、食べやすい大きさにちゃんと揃えられて切ってある。キノコのスープの方には香草のようなものも入っていて、香りについても意識しているように思う。ただ作っているだけでなく、料理に楽しみを見出して、色々と工夫するような人物じゃないと、こうはいかないだろう。
 そんな事を考えつつ、部屋の中の人形たちを改めて見渡す。基本的に女の子の姿をした人形ばかりだが、その見た目には、それぞれ少し違いがある。一目見て手作りだと分かるものから、現実界で言うと売り物の既製品としか思えないような出来のものまでさまざまだ。見ていて気付いたのだが、部屋の隅に置いてあるものほど手作り感の溢れるものが目立ち、壁の中央に向かって見た目が整っているものが多くなっていっている。もしかすると、昔に作ったものから順番で置いているのかもしれない。そしてそのどれもが、手入れされているのか綺麗な状態で置かれている。
「どうしたの?」
 そんな俺の様子が気になったのか、アリスが聞いてくる。
「たいした事じゃないんだけど、ちょっと気になったと言うかなんというか」
「何?」
「うーん、少し言い難いんだけど」
 少し躊躇したあと、言うことにした。
「アリスさんの事、冷静で落ち着いてて、実利主義と言うか、そんな性格なのかと思ったんだよね。効率とか数字にこだわって、他人のことは置いておいて自分の理屈で動くと言うか、研究者気質と言うか。魔法使いだっていうのを聞いて、余計にそう思ってたんだけど」
 他にも話し方とか、仕草とかからも、そんな印象を持っていた。全体的なイメージから想像するアリスはそんな性格だったのだが。
「この料理とか、この部屋にある人形。あと、特に俺に対する対応とかを見て、ちょっと考えるとさ、意外というかイメージと違うというか」
「へーえ」
 ……あ。
 アリスが半眼でこっちを見ている。命の恩人にまずったかなぁ。
「あ、いや、アリスさんが冷たいとかそういうことではなくて、むしろ、そうじゃないんだなー、とかそういうことであって……えと。アリスさんは優しいんだなぁ、とかそういう事なんだ、うん。全然、愛想が悪いとかじゃないし、むしろ親切にしてくれてるし」
 俺がオタオタと弁解しようとして、むしろ泥沼に嵌っていると、プッと噴出しアリスの表情が崩れた。
「そんなに必死になって弁解しなくてもいいわよ。むしろ感心してるんだから」
 アリスからは特に不機嫌そうな様子は見て取れない、さっきのジト目はわざとだったのだろうか。
「普通の人はどちらかと言うと、私の服装とか、人形をいつも持ち歩いてるあたりから、貴方が意外に思ったほうを最初に思い浮かべるんだけどね」
 そうかなぁ。
「そこで不思議そうな顔をするって事は、本当に私のこと冷たい女だって思ってるのね」
「いやいやいやいや」
 クスクスと笑いながら言ってくる辺り、冗談なのだろうが……。どうもこういうのは慣れない。
 ともあれ、話題を変えよう。
「ま、まぁ、こちらも自己紹介しておこうかな。俺の名前は直葉。種族はアリスさんの言うとおり、何の変哲もない人間。…………スキマ妖怪に目を付けられる程度の能力を持っている…………って感じかな」
 少し冗談めかして言ってみる。
「最後のを聞くと関わりあいになりたくなくなるわねー……やっぱり今すぐ出て行ってくれる?」
「いや、ちょっと。アリスさん……?」
「冗談よ」
 クスクスと笑うアリス。やっぱり、実は茶目っ気のある人なんだろうか。
 ……と言うより、本音なのかもしれないな。魔法使いとして、研究のための時間を取られる俺みたいな外来人は、邪魔以外の何者でもないのかもしれない。
「ともあれ、元の世界では学生をやってた一般人だよ。何故、八雲紫さんとやらが俺をこっちに連れてきたのか理由はまったく分からないけどね」
「ほとんど判断材料もない状態でアレの思惑を推し量ろうとするなんて、時間の無駄にしかならないわ。とりあえず忘れましょう」
 この言われ様。相当嫌われてるみたいだなぁ八雲紫さん。俺からすると、結構好印象だったりするのだけれど。こんな厄介な事になった元凶ではあるけど、なんか憎めないと言うかなんというか。……もしかして妖気にあてられた、とかそう言うのなんだろうか。
「そんなことは置いておいて、もう少しこの幻想郷の事について説明しておきましょうか。何も知らないうえに戦う力のない外来人には、結構危ないところだし」
「何から何までありがとう。お願いします」
 俺は頭を下げてお礼を言った後、まだ残っていた夕食を食べながらアリスの話を聞き続けた。
 彼女には感謝してもしきれない。本音を言えばとっとと放り出したいだろう厄介者の俺の面倒を、ここまで見てくれるのだから。
 少し得意そうな表情で説明してくれるアリスを見ていたら、ふと思い出してしまった。
 そういえば、昔はいつもこうやって色々と世話を焼いてくれていたっけか。何となくその人物とアリスの顔が重なる。雰囲気、が似ているのだろうか。……それとも、もう会えないかもしれない、なんて気持ちがそんなことを考えさせるのか。分からないが、まぁ、いい。今考える事でもないし、思うべきことでもない。俺は軽く頭を振り、意識を戻す。

 澄ました態度で、淀みなく色々な事を説明してくれるアリスを見ながら、俺の幻想郷での最初の夜は更けていったのだった。








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 第2話です。状況把握もろもろ。

 そんなわけでヒロインはアリスです。多分。あと、もともとADVゲーム形式の演出を考慮しているので、シナリオ上のネタが一つ分かりにくくなっております。まぁ、問題ない範囲だと思いますが。

 まぁ、少しずつ進めていきましょう。

 やっぱり拍手で題名案とか感想とか質問とかあると色々答えるかもしれませんので気が向いた方はお願いします。拍手ボタンこのサイトのTOPページに。









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